あとりえあげん

世田谷区三軒茶屋で隠居してます。ときどき劇作家。 HPはコチラ http://agen.web.fc2.com/

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会田誠サン

「読み始めた本がおもしろいよ」と友人からLINEが来る。「多摩美の芸祭のはなしなの」。タイトルを検索かけて、あれ会田誠さんって多摩美だっけ? 「芸大。昔、ウチの芸祭に来て驚いたらしい」 へえ。

 

この友人はときどき、わたしにとっての「神の声」を降らす。なんかテレビでやってたから。と渡されたメモは、そのあとわたしの大きな指針になるとかね。

なので、この本も即買い。

 

↓↓ リンク先はKindleだけど、買ったのは紙の本です。

げいさい (文春e-book)

げいさい (文春e-book)

 

  

で。芸祭ってのは多摩美の学生主催の秋の文化祭のことなんだけど、

昨今は女子学生が増え、それに伴う親御さんのチェック&クレームに、アルコールなしで時間厳守の祭りと化し、この本に書かれているカオスはもう見る影もないそうです。

 

(そうね。あげんさんの大学時代は、こーいう世界観の中で揉まれたのね。なるほど。の参考にはなります)

 

この本すごいなと思うのは、読みやすい青春時代の告白の態だけど、ち密な計算で描かれているある種の芸術論(結論はない)で、だけど、みじんにもそんな感じを残してないこと。 

そうか、と思うのは、

 

わたしは美大って、100人1000人の中にいるひとりの天才を支え、持ち上げる(学費も含めて)ためのシステムかもなあとも感じていて。

(だからと言ってその他が不幸だというわけでなく、その他なりの人生の豊かさの追求は確実にあり)

会田誠は天才の側だよねえ。うん。そうか、やっぱりな。

 

そして読み終えてからはずっと、

(↓↓ちょっとネタバレ)

描きたいように描いた絵は、案外、評価(受験の合否)されないってことを、わたしは深く受け止め、考えてます。だよねえ。他人の価値観、わかりやすさとの兼ね合い。ああ。

 

 

以前、清春白樺美術館で、父に現代アートとは何かを説明するとき、一番わかってもらえたのが、会田誠さんのお弁当のオブジェでした。そこが理解できたら、他の作品のおもしろさやつまらなさが広がったようで。

  

 

 

一度だけ、お見かけしました。

 

フェスティバル・トーキョーという演劇イベントに、一度だけボランティア・スタッフとして参加しました。や、なんか同じボランティアなのに、若いコたちに基礎の基礎を教える側に廻りがちになり、搾取され感が半端ないので一年でやめたのですが。(若い演劇人たちとの有益な会話もあったけれどね)

 

それは、演劇とインスタレーション(空間デザイン体験)を足して割ったような作品についたときで。劇場を変化し続けるギャラリーとして構成し、客たちは作家の意図をたどって歩き回り、最後にメッセージにたどり着くという。

あーそのときもねえ。

ボランティアは普通、受付とかロビーの補助とかをして、中抜けで作品をみせてもらうというのがスタンスなのに。マチネはね、わたしもその扱いだったのだけれど。

ソワレでいきなり、お客を誘導する係を振られたの。その場で地図を覚え、流れと手順を覚え、まあ、作家の意図が分かりやすかったから(マチネで理解できてた)、どうにかこなせたようなもので。(1時間ミスなし! 褒めて!)

 

そのときのお客の中に、わ、会田誠だ! (←心の声)

 

お客の誘導には、無言での座ってください、立ってくださいという所作も含まれていて、きゃ、こっち見たわ、見たわ~! (←心の声)

 

 

あのときほど、

この作品をどう見ましたか? と、ご感想を聞いてみたかったことはない。けど、かなうはずもなかった。

 

 

さて。『げいさい』の冒頭の、パフォーマンスを観ている描写の中に。

わたしは、あのとき訊きたかった、作品の感想のようなものを読み解き、

 

今さらながらの満足を味わっているのよ。