あとりえあげん

劇作家・ミュージカル関連のコミックエッセイスト・多摩美校友会理事 活動ベースは三軒茶屋ですが八ヶ岳の別荘で在宅介護はじめました☆

[ブログ版] 世田谷区三軒茶屋で隠居してます。ときどき劇作家。HPはコチラ http://agen.web.fc2.com/

あけました☆

いつも大変お世話になり、ありがとうございます。

いかがお過ごしでしょうか。

 

旧年末、胃炎かなと受診した検査で「いつ死んでもおかしくなかった」 総胆管結石性胆管炎が発覚。翌日にはワンオペ入院手術。術後、予定外 の吐血下血からの大貧血。退院まで18日。

要介護の父は馴染みのホーム で苦手のお泊りを頑張りました。

人生、何が起こるかわかりませんネ。

 

おかげさまで生き延び、父とふたり、山梨の別荘で正月を迎えました。

感謝とともに。

今年もどうぞ楽しく悔いなくよろしくお願いいたします。

 

 

死にかけた話 5

(つづき)

 

入院2-4日目

 

さわやかな目覚め。

 

今どきの内視鏡手術はすごいですな。まるでなんのストレスもありません。

そして事前の説明通り、

尿カテーテルを抜いてもらい、そのあと最初のオシッコは看護師さんをトイレに呼んで確認してもらい(少し照れる)、エコーで残尿ないこともチェックしてもらいました。OK。

看護師さんに付き添われ、点滴スタンドをごろごろ押して、自販機に水を買いに行く。このフロアにはいろはす(軟水)しかなくて残念。(しかもすぐ売り切れる)

 

やがて排便。ん? 黒い水、のりの佃煮みたい? 

 

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ワンオペ入院なので、友人たちのパワーがほしくて、入院と同時にSNSに状況を投稿しました。コメントにはひとつひとつ返事しました。暇だし。

誰かにしゃべりたくて仕方ない自分もいるし。

わたしのSNSは、インスタに投稿すると、FBとTwitterに反映される設定にしてあります。ていねいな友人は、それぞれに違う反応を書いてくれました。

簡単なやりとりがこんなに力になるとは、思った以上でした。ありがたや。おつきあいくださったみなさま、ありがとうございます。変わりばんこに誰かが相手してくれている感じで、ずっと寂しくなかったです。

 

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ワンオペ入院の決断も、即でした。

友人に、たったひとりで子宮筋腫の入院・手術を決行したツワモノがいて、わたしもきっと頑張れる。どうにかなる。と思えたのです。

 

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夕方の検温で、発熱が発覚。まあ、夕方だしね。

 

 

なんか胃が、懐かしい感じにむかむかしてきました。

ベッドに横になり、うずくまりましたが、あーここ、病院だっけ。我慢する場所じゃないんだったと、ナースコールを押しました。

 

「どうしました?」

なんか吐きたくて。(たぶん吐けば楽になるヤツ~)

 

吐くために、器にビニール袋をかぶせたヤツを渡され、両手に持って、ベッドに看護師さんと並んで腰かけ、背中をさすられ、

げろげろげろげろ。黒い、のりの佃煮みたいなヤツを400ccくらい吐き出しました。お、楽になった。

「これ、ダメなヤツじゃん」 と、若い看護師さん。

周囲がちょっと騒がしくなりました。看護師さんたちのやりとりの中に吐血という単語が耳に残り、

あ、これ血? でも400ccって献血量だな。大丈夫じゃん、とか。自分が案外冷静だったのは、たぶん思考が停止してたのでしょうね。

 

そのままベッドごと、処置室に運ばれました。

 

ベテラン看護師さんたちによる昨日の手術時の手順が繰り返され、ただ今度は意識を失う前に、胃カメラを突っ込まれました。げええっ。

「飲み込んで」と言われ、喉を開こうと意識するのですが、全身が異物を拒否します。

咳き込むと吐血の残りが出てきて、「吐きたいものは全部吐いていいですよ」と看護師さんの声がするのですが、わたしのからだは胃カメラそのものを吐き出したくて、びくりびくりと痙攣しながら。

 

後日、先生に、胃カメラがトラウマになっちゃいましたよと言ってしまいましたが、考えるに、先生のほうがよっぽどトラウマになりかねない状況だったかも。

 

「出血箇所がみつかったから、このまま焼くよ」と言われて、うなずいたあたりで、意識がなくなりました。

 

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大部屋でなく、ナースステーション横のICU的な部屋に運ばれ、え~ここって個室扱い? 5500/1日? とか考えたな。

 

点滴、心電図、血圧計、血中酸素、尿カテーテルと、コードの蜘蛛の巣にとらえられたポーズです。寝返りをうつたびに、もぞもぞとコードの長さを調節。

そのことと寝ること以外、頭はまわらない。

 

 

やばいことに、お尻の穴から、ガスが漏れるたびに、他の何かもこぼれている気配(下血してた)。

看護師さんを呼んで状況を告げ、穿いてたショーツは捨ててもらい、紙パンツを頼みました。まあ、扱いやすいほうということで、おっきなおむつとパッドを当ててもらいました。

同時に浴衣?からパジャマに着替えさせてもらったのですが、おむつがパジャマに収まるか心配しちゃいました。

 

 

のどが渇いているけど、水を飲ませてもらえず。点滴で水分は体内に充分注がれているはずだけど、末端である口の中は別のようです。

コップにさしたスポンジスティックを咥えさせてもらい、吸うのみ。これがツライ。ってか、頭はそのことしか回らない。

 

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翌日もそのまま、安静。

電話とかSNSどころじゃない。

 

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その翌日、ようやく一口、水を飲むことが許され、口の中のねばつきが消えました。ってか、リステリンしたいよぅ。(無理w)

 

 

 

父からの通話履歴に気づきました。ので電話を折り返すも、出ない。

ホームに電話したらつないでくれました。

 

ごめんね。入院、少し長くなりそうなの。

 

 

(つづく)

 

 

死にかけた話 4

(つづき)

 

入院・手術1日目

 

目覚ましをかけた7時の少し前に目覚めました。病院まで分刻みの予定なので、少し緊張していたと思います。お湯を沸かし、父の朝食を用意。自身は夕べのすき焼きとアイスクリームが最後の食事なのですが、まるで食欲がありませんでした。人間、水だけでも生きていけんじゃないの?

生ごみは庭のコンポストへ。燃えるゴミの袋を縛る。荷物と車に積む。

父が勝手にお着換えをはじめ、待って~ こっちを着て~ (2・3歳児の世話に似てるのかもしれません)と、次第にバタバタ。時計を何度も確認。

 

別荘の水抜き。留守の間、寒さで水道管が破裂しないための手当です。20年前に父が書いた手引書を見ながら、水道栓を見誤って、パンツを泥だらけにしてしまいました。あ~時間ないんだってば!とか、ぶつぶつ言いながらジーパンに履き替えました。あのパンツはいまだ泥だらけのまま、洗濯機に入ってるんだワ。

 

8時過ぎに自宅出発。地域のゴミステーションに燃えるゴミを置こうとして、名まえを書き忘れていることに気づきました(山梨のごみ処理、地域者管理なのです)。ふ、そんなときのために、ダッシュボードにマジックが、あれ、あれ、入ってないよ~ なんでだよ~ 

というわけで、いったん家に戻りました。15分のロス。落ち着け自分。

 

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9時。ホームで、預ける前に父の抗原検査。病院には10時前に入ってほしいと言われているので、15分の待ち時間も落ち着きません。

ようやくOKが出て、

 

行ってきます。ごめんね、おとうさんもお泊り頑張って!

 

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さあ、この先はひとりっきりの戦いだ。

 

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病院着。今度はわたしの抗原検査です。待ちは1時間。

ショッピングカート(笑)に乗せた荷物を預かってもらい、水とポカリなら飲んでいいですよ。自販機に、よかったエビアンがあった(硬い水が好き)。あちこちをうろうろ。

昨日の支払いをし、夕べできなかったお歳暮のお礼状を書き、ポストの場所を聞き、投函しました。

 

入院OKがでました。

 

病室は、ベッドごとにカーテンがきっちりめぐらされていました。コロナだもんね。同室者さんたちにご挨拶なしで入りました。気楽、といえば、気楽か。

窓際のベッドでした。

まず手術用のぺらんぺらんな浴衣?に着替え、足にはエコノミー症候群防止のストッキングをはきます。

 

次が点滴。思いっきり失敗されましたw

わたしは、献血に行くと3つくらい湯たんぽをもたされるくらい血管が細くてみつからないのです。

頑張り続けようとする看護師さんに、えーとほかの人とふたりで相談しながらってダメなの?と訊いてみました。素直にチェンジしてくれました。

 

点滴は、検査用の血液採取も、このあとズット看護師さんたちの一大テーマで、さいごに鎖骨に針を刺されるまでに、両腕はあざだらけになりましたとさ。

 

問題はその次。

手術に向けて尿カテーテルを入れに、「男子」看護師さんがきました。あちらがまず、代わった方がいいですか?と訊いてきて、10秒くらい迷いましたが、ごめんなさい。女性でお願いしますと。

周辺にべにょっとジェルを塗りたくられて、これはやっぱ若い男子では抵抗あるよなあ。

男女の職業の平等とはいえ、うーん、いい年齢なんだからそのくらい楽しめよと考えるべきか、うーんうーん。

でもここはわたしが我慢するトコロか?というのが10秒後の結論でした。

 

そのうちわかってくるのですが、このフロア、男子看護師がかなり多いのです。

抜きに来たときは、もう観念してまかせました。だんだん慣れてきてたし、最近の男子たちだからユニセックスっぽいしね。

 

 

それから検査へ。え、このぺらんぺらん着ただけで、外来者がうろつく1階へ行くの?

ここで、なんとなく魔がさして買ってあった大判ストールの出番でした。全身をつつんでくれた。

なんとなく魔がさして買ってあった父用のもこもこ室内履き(他に踵のあるスリッパが家になかった)も、みんなに褒めてもらって、気分良し。

 

 

いく先々で、おくすり手帳(常備薬)なしに驚かれたのも、気分良しw

(三茶のお医者とは、これ以上、数字が悪化したらコレステロールの薬飲む約束してたのですが、山梨の生活がはじまっちゃってそのままになってただけなんですが!)

 

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前日には午後イチと聞いていたけれど、まあ、いろいろ起こるよね。4時頃の手術でした。

今どきはストレッチャーじゃないんだよ。ストッパーを外した自分のベッドで病院内を運ばれるんだよ。ぐるぐるしないよう目を閉じてました。

 

口から内視鏡をいれて、十二指腸で閉じている胆管を広げ、詰まっている胆石を出す手術です。

この時点では、からだに負担がかからないから一週間くらいで退院できるつもりでいたんですよねえ。素人予定。マジなめてました。

 

 

自力で手術台に移り、ベテランの看護師さんたちに、同時多発にアレコレしていただき、

 

目覚めたら、

 

病室でした。痛みも不愉快さもなし。そのまま、ふうっと眠りました。

 

(つづく/さて、このあとが大騒ぎ!)

 

 

 

 

 

 

死にかけた話 3

(つづき)

 

入院前日-2

 

病院から家に帰る前に、2個入りケーキと手作りリース(毎年あげているので、朝から車に乗せてた)を持って、近所のFさんの家へ寄りました。

「まぁまぁ、そういうこと(お礼の品のやりとり)はもうやめましょうよ。リースはありがとうね」

違うのっ。これから重大なお願いがあるのっ。

 

入院するなんて思ってなかったので、わたしはamazonでお買い物をしていました。特に、この直前、何度も購入権利の抽選に外れていたPS5(ゲーム機)が当選し、数日後には届く予定だったのです。これだけは、今さらキャンセルなんて、できませんって。

(くじ運が皆無のわたしにとって、突然の入院・手術というアンラッキーに匹敵するラッキーです。これで相殺ね)

そして、時節はお歳暮。数日後にカステラが届く手配をしましたというハガキもいただいてたりしてまして。

 

全部、こちらの家に配送するようにしていいですか?

「もちろんよ」

 

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父はかわいそうに、飲まず食わずでTVを見てました。

用意してあったのに~ なんで~

 

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さて、それからがバトルです。そのためのおいしいケーキだ。

 

父は、ショートステイが苦手で、嫌いで。実際、お泊りして帰った晩は、手に負えないおかしな状態になることも多く(一時的な認知状態?)、

なのでわたしは、東京に一泊以上しないくらいです。あとの手間を考えると、その方が楽なのです。

 

父が長期ショートステイを受け入れられるはずもなく。

 

でも、受け入れてもらうしかない。まあ、いちごのショートケーキ、食べたら?

 

食べている間だけは、黙りました。

 

最後にはもう、

これは選択肢の相談じゃないからねっ。わたしが死んで困るのはお父さん自身でしょっ。わたしはこれから、やらなきゃいけないことがいっぱいあり過ぎてパツパツなんだから、もう黙っててっ。訊かないっ。

 

翌日まで、父はいろいろな提案を組み立ててきたけれど、全部却下しました。ごめんよ。

 

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わたしはそういう相手をしながら、バスクチーズケーキを食べながら、今日中にやらなきゃいけないことのリストアップをしました。

大きく分けるとみっつです。

・父のお泊りセットをバッグに詰める。

・わたしの入院セットをバッグに詰める。

・別荘をクローズする準備。

 

 

■父のお泊りセットをバッグに詰める

父は、一泊のショートステイのたびに、自分の羽根枕とか、ミニ囲碁セットとか、ふだん飲むコーラをもっていくのですが(あとは推してしるべし)、2週間分の持ち物なんて、どうせよと。

持っていけるものは持たせて、あとはよきようホームにおまかせするしかないとハラをくくりました。

■父の持ち物リストづくり

■父の簡単なトリセツというかヘルパーさんたちへのお願いを書いて、

■プリントアウト

■常備薬の準備

 

■わたしの入院セットをバッグに詰める

三茶の自宅には、コロナにかかったとき用の入院セットが用意してある(独り身の用心)というのに、なんの役にもたたないなあと、苦笑しました。

備品はひととおり病院で借りられるので、 

夜中にふと目覚めて泣きたくなった時、何が必要だろうと考え、

■携帯に元気の出る曲の音源を入れておく

これはリスト順位のラストで、そのころには気力も尽きて、出来ませんでした。『ミュージカル笑う男』を移そうとして、なんでできないのよう~ パニクっているので、ささいな原因に気づけなくて。

ウォークマン、こっちの家においておけばよかったよぅ。

■足りないものを、長坂まで買いに行く。イヤホンの延長コードとか。

なんていうか、父や友人の入院に付き合っていたので、なにが必要か、わりと見当がついている自分で助かりました。

 

■別荘をクローズする準備。

・冷凍できるものはいいとして、山ほどある野菜をどうしよう。(結局Fさんに押し付けましたっ)

・明日、家を出る際には凍結防止の「水抜き」をする。

・配送物をFさんの家に回すお願いを書いて、玄関に貼る。

生ごみ可燃ゴミの処理。

■いただいたお歳暮のお礼状を書いて出す。

 

ケーキを食べ終わったのが、午後3時過ぎだったか。明日の朝までに、これらをこなさなきゃいけなかったのです。

やれることをやって、最後にお布団の中でめそめそと泣こう。

そう決めて、

順番を考えながら、ええ、こなしましたよ。

 

(つづく)

 

 

 

死にかけた話 2

(つづき)

 

入院前々日

自分では胃炎がこじれたと思っていたので、明日はもしかしたら悪名高い胃カメラ飲んで、お薬もらう感じかなぁと考え、

受診の前日は夕飯後から水以外の飲食を控えました。

 

あと、TVや照明のリモコン操作が危うくなった父のため、amazonのセールで「アレクサ」を買ったばかりだったので、見守りカメラの設定。思いがけない活躍だな、アレクサ。父は携帯の操作も危ういので、そこを使えば会話できることも確認しました。

今どきの機器はエライね。

 

ご近所(といっても車で10分w)の仲良しFさんには、病院に行くため半日、父をひとりで留守番させるけれど、もしかしたら何かお願いしますからよろしくお願いしますと了承してもらいました。

 

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入院前日

朝、7時に起きて、おいなりさんや簡易スープやお茶を並べ、「行ってきます」とベッドの父に声をかける。「まだ寝てていいよ」

 

始めていく病院まで、グーグルは車で42分というけれど、他に誰もいないのに前を走る一台の車(結局、目的地が一緒でした)がスローペースで、1時間近くかかりました。途中、追い抜こうかと思ったけれど、たぶん神さまが今の自分に「落ち着け」と伝えていると解釈し、おとなしく走りました。

 

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病院では問診票を書き込んだ後、血圧に体重・身長を計って、別途若い先生の細かい問診がありました。

 

あーしまった。病院の待合室、携帯の電波よわよわだぁ。自宅のアレクサのカメラにつながりません。ええー?

お。一瞬つながった。ベッドがこんもりしていて、父はまだ寝ている様子でした(いつもだったら起きて朝食の時間だがな)。

 

怖れたほどは待たずに、診察室に呼ばれました。

問診票をもとにいろいろ聞かれ、ふと2年前までは区の健康診断を受けていたけれど、この2年はこちらで生活していて受けていない、と言った時点で、先生の手が止まりました。「だったらキチンと検査しといたほうがいいね」

 

と言いつつ、オーダーは血液検査と腹部CTのふたつだけで。あれ、検査のためにオシッコ我慢してたのにいらなかった? 

検査の簡易化も今どきなのかなぁとか考えながら、コロナ禍以降、病院だって余計なことしてられないわよね、とか。

結果が出るまで1時間。

 

ようやく拾えたアレクサの中の父は、ぼうっとベッドの上で日向ぼっこしていました。よしよし。

 

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「チャント検査してよかったよ。大変なことになってた」(あ、お医者の常とう句だ)「胃炎じゃなくて胆石が胆管に詰まってて、いつ爆発してもおかしくなかった。胃炎みたいな症状は、周囲の肝臓とかが炎症おこしてたんだな。このまま入院できる? 明日には手術したい」

 

は? (胃炎じゃないの?)(入院? え?)(手術?)(今日、明日??)

 

あのー要介護の父がいるので、さすがにそれは、

「そっか。預け先はある?」

東京の弟か、……いつもショートステイでお世話になっているホームか、

「あ。そっちがいいな。すぐ連絡できる?」

今、ここ、この診察室でですか?

「いや、さすがにそれはw」

 

わたしが部屋を出ていく際には、「明日の手術の前検査も今日、終わらせておこうね」と、PCにオーダーを出していらしゃいました。

あれ? 明日手術するの、え、確定?

 

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病院なので、入り口近くの電話コーナーまで移動してホームに電話し、父のケアマネさんを呼んでもらい、状況を話しました。「ショートステイの担当者に確認して、折り返しますね」 

ガラスごしの日差しがまぶしく、山梨とは違うように感じました。

 

そして、お友だちのFさんに電話をしかけて、やめました。先ほどから(コロナ濃厚)接触者の有無の確認が繰り返されてるのに、今さら父の世話をしてもらうために自宅に他所の人いれたら、面倒なことになるよね?という判断でした。

 

あー。アレクサつながんない。念のため、父の携帯に何度も電話するが、チットモ出てくれないし。

 

ホームのケアマネージャーさんから折り返しの電話がつながり。とりあえず父のショートステイ2週間をキープしました。そのあとも、細かい確認の電話があり、

待合所で何度も電話に立つ私の様子をみた看護師さんが、

「お仕事たいへんそうですね♡(あこがれニュアンス)」ですと。

 

ベージュのロングコート着てたから余計にそう見えたかな。

校友会の執行部会(リモート)の欠席メールをやりとりしてたのもあるか。

 

せっかくいい感じにくすぐってくださったわけだし、実はこちらはアップアップでパニックで、もう説明も面倒で、

「はぁ(微笑)」の一言で済ませてしまいました。うふふ。おとな、なのよ☆

 

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それから入院の打ち合わせ。

備品はひとそろえレンタルで申し込み。どっちでもいいですよ、とおとなの余裕みせようとしたら、個室は5500円/1日ですと。取り消す!

 

面会リスト(コロナ禍ですから指定以外は会えない)は、考える間もなく「なし!でいいですね」 

は、はい。(ええ? 差し入れ・洗濯、困らないかな。……ま、あとで考えよう)

 

 

お会計は明日の朝でいいですよ。と言っていただきました。そのときはピンときませんでしたが、

すべてを終えて病院を出たのが1時半。会計の待ち人数は10人ほど。たしかにこれからやらなきゃいけない内容を考えると、その30分が惜しい。というわけで、なんて親切なご案内なんでしょうと感謝することになりました。

 

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駐車場の車の中で、ようやくアレクサが安定して繋がりました。おとうさん、遅くなってごめん。あと一時間くらいで帰るからね。「わかった」

 

深呼吸。

 

まず、おいしいケーキを買って帰ろう。

 

小淵沢のお店に目的地を合わせて走り出したら、お。ケーキ屋さん発見。うーん、お高め? こんなものかな? (おいしかったです)

 

 

そして。怒涛の半日が始まります。

そーよ、

わたしの素晴らしい素晴らしい処理能力が発揮されるのは、このあとよ!

 

(つづく)