「この父娘は引き離さなきゃダメだ」と訪問医の先生に言われたとき、
まだ大丈夫ですよ~と言いかけて言葉を飲み込みました。
別荘で父のワンオペ在宅介護を始めて、もうすぐ3年。
[まだ]ってなんだよ[まだ]って。(←自分の心の声)[まだ]ってのは[いずれ]って意味を含んでて、それは[すぐ]かもしれなくて。今言い張ったところで[じきに]おなじ内容で先生に泣きつくかもしれないわけで。と考えること一秒。
「あんたはよく頑張ったんだから。ほんとに頑張ったんだから、もういいじゃん。自分の人生をもっと大切に考えなさい」
先生はほぼ同学年なので、言葉遣いが近しい。
わたしはおまかせしますと頭をさげました。このとき、ちょっとベソかいちゃったから、先生も看護師さんも心をかためちゃったんだと思う。
「とりあえず半月か、一か月。いつものショートステイと同じ感覚でホームに預かってもらいなさい」
で、これが先生のテクニックだったと気づくのは、この数日後。
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その2週間前の訪問時から「ちょっと顔色! 大丈夫?」と心配されていました。自分では[まだ]大丈夫なつもりでしたから、えへへへとかわしていました。
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まあ今、胸に手をあてて考えてみると、どう考えてもダメじゃん!がふたつありました。
ひとつは上記の[まだ]です。[まだ大丈夫]は[もう限界]にとても近いと気づければよかった。今後、同じように言葉を返す人がいたら、わたしはそう言い張る決心をしてます。
もうひとつは、えーと、ちょっと言うの恥ずかしいな。
寝るときにね、ぬいぐるみを、クリプトビオシスって某ゲームに出てくるピンクの芋虫なんですけど、ふかふかと抱きかかえて目を閉じて。自分の中でその状態になったらすべてのストレスを手放すって暗示をかけてて。ほぼ毎晩、そうしてから寝てた。
うんヤバイ。めっちゃヤバイ。
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父としばらく離れるよう指導を受けたとき、もうひとつ言われたのは「自分は今、スゴク辛いんだ! もうどうしようもないんだ!って誰かに言いなさいよっ。そう言える相手くらいいるでしょ?」
はい。
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わたしはもともと、誰かひとりにわぁーっと愚痴をこぼすというより、大勢に小出しにグチグチ分散させるタチではあるのだけれど。
ひとりに話し始めたとき。ほんの入り口で、相手のほうがいっぱいいっぱいになってしまいました。
そして気づいた。わたしは地獄の中に居たんだ。
凄惨すぎて誰にも話せないくらいの日常に暮らしていたんだ。
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以来、「だいじょうぶですか?」と声をかけてくれる方には「だいじょぶじゃなーい」と甘えて、内容は話さない。「疲れがとれないのよ~」とする。これも事実だし。
「元気だった?」には「わーん、会いたかったよ~」と抱きつく。(あれ、これはいつものまんまかw)
で、はいはいと受け止めてもらう。
劇場で、ボランティアの場で、その他、大勢の方たちから、少しずつ、元気をもらって。
ホントウに叫びたい内容は、墓場に持っていくのだと知る。
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ありがたいことに、訪問医チームと訪問看護師チームは内容を承知してるので、吐き出せなくても、独りぼっち感はないのです。
世の中には完全な孤独の中で抱えてる方たちもいるのだろうに。
恵まれてるよな。うん。
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父を預けて数日後。ケアマネさんから電話がありました。
ホームでの、山あり谷ありな父の様子の報告があり、
先生からの提案として、2週間ではなく[しばらく]このまま様子を見ましょうと言われました。(先生の段階的な指導か?と、この辺で気づいてくる)
あー、そしたら足りないいろいろがありますよね。紙パンツは、いらない? あれやこれやや差し入れは? 先生からはしばらく会うなと言われてて。はい、事務所に届けるだけに。父がせっかく落ち着いているので刺激しないように、まあ、はい。
じゃあ様子を見ながら、今後は先生の判断(ホームに往診に行ってくださってる)に従うということで。
ふ。ここまでのやりとり、今後の選択肢があるっぽいでしょ?
電話での話題が切り替わって。
業者さんから借りてるベッドや車いすの引き取り手続きの話になりました。
ベッドを回収されちゃうって、えーと、お正月とかに帰れる可能性は?
もうないわけですし。
え。ない、ですか。(ガーンガーンガーン)
(しまったの気配)介護保険の関係で、ずっとホームにいるということは、そのへんの借り料が実費になってしまうんですよね。
はあ。あ、わかりますよ。(ガーンガーンガーン)
じゃあ。もし帰宅とかそういう話になったら、改めて借りる手続きをするということで。
はい。はい。……はぁ。
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くっそぉ。先生ははじめっからホームに収容するつもりだったよね。今のところはショートステイの形とってるけど、
はじめっから、このまま、このままずっと、最後まで、
しゃあしゃあと、まあ。よくも。……いいえ、
ありがとうございます。その思いやりに、感謝します。
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別荘で、看取る選択肢が消えたらしい。
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かわいそうなおとうさん。2週間のお泊りのつもりが、ね。
ずっとわたしが抵抗していた[おくすり]も飲まされて、
そのおかげで、穏やかに楽しく過ごせているのなら、いいけれど。
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かわいそうなわたし。
父の死を前提とした、あっちの家とこっちの家の整理を、少しずつ、淡々と、始めている。
もう戻ってこない。
介護という相互依存の対象を失い、
去年の暮れからの、2回(正確には4回?)の手術後に養生しそびれた自分のからだに刻まれたツケを、今さら感じながら、
途方に暮れている。
どんなに寝ても、この疲れは取れない。