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2008/10/18 19・00〜 ひつじ座 /YOCO
けいちゃん作・演出。
ちょーふの公演とハシゴして観るって言ったら、オレとトマ(「罠」の作家)を並べて見るのか?って言うから。
過去、どこかの戯曲講座では、今後自分が書く戯曲はシェークスピアと並べて評されるのだと意識しなさいと言われたよ、と返事する。
ってか、
並べて語ったって、まるで意味はないのに。
けいちゃんのはそういう作風だと思う。
以前、東京乾電池の研修所にいたから、カラーが通じるらしいんだけれど。でも、わたしは乾電池の方が未見なのでなんとも。
苦手意識を持つ人もいるみたいだ。
無機質で、紙一重で人の意識がすれ違い、無表情のままキズつき、認め、やんわりと昇華に続く。 わたしには何故か心地よい。
何故かはわからない。
感情を垂れ流さないのが、好き。
そういえば後日、
あの話を、もっと土着性の強い世界でやるのはどうなのかな?とメールしたら。
言ってる意味がわからないよと返事が来て。
今度、会ったときに続きを話そうと思いながらずっと忘れてました。
田舎のペンションに、その地方の伝奇が絡んでくる設定なので。
星野之宣を読みながらふと、諸星大二郎テイストなどを思い浮かべ、
たとえば囲炉裏端であのままの世界が展開したら、どうなるんだろうと。
変わるのか、変わらないのか。
装置の意味ってことを考えると、違うものが見えてきそうな気がするんだが。
あ。
なーんて書いてしまうと本人様がコメントしたくなるんだろうけれど、
しなくていいからね〜〜〜