10日ほど前、ガス工事の音がうるさくて、と書きましたが、
あのあと2日間、寝室の窓の下!で夜間工事があり、
しかたがないので夜通し朝まで本を読んでたりして、
以降、ベッドに入っても4時5時まで眠れない体質になりました。
起きるのが10時11時ってのは、どうなの?って、
3時にはベッドに入るのよ、一応。 で、ベッドの上でごろごろ。
結局、起き出す。
ある晩、寝られないーっと起き上がり、ひさしぶりにタロットカードを取り出しました。
さわったとたんに、アレ?
なんだろう。
それまできらきらしくみえていたボーイフレンドが、一瞬にしてくだらなく見えてしまった、あの感じ。 わかる? アレに似ている。
アレ、を、馴染んでいたはずのカードに感じて。
瞬間、
わたしの人生のステージが変わったから?というような言葉が浮かぶ。
「ごめん」「いえいえ」そんな会話が、カードとあったような?
新しいカードを購入する?
遊ばなくなっているが、手元にないのも不安だ。
アマゾンで検索をかけると、ぞろぞろ出てきました。
どうしようかな、野中師匠(劇作の師匠です)が次にそれっぽいイベントをしたときに、買いに行くかな?
レビューを読みながら、素人はやっぱりライダーあたりで手を打つか?
とか思っていたら、ぽんっと目に飛び込んできたカードがある。
森の動物さんシリーズ? じゃ、コレ。
こーいうのも、どうせ出会いモンだろうからと。
届いて、絵柄に目を通し、震えた。 愛らしさに笑っちゃうこともステキだったが、
カードがとにかく、ほどよい距離感で、おしゃべりで。
――え?
わたしの手が固まった図柄が、これです。
「力」のカード。
自分の獣性を抑える意味合いで、普通は獅子の口をこじ開ける男の絵なのだが。
そうか、やっぱり。 これからの時代はこっちなんだな。
自分の中で、とても腑に落ちる。
『三銃士』を初回に観たとき、『水戸黄門』さえが終幕を決めた今さら、
何故チャンバラなの?という気持ちがあった。
(次に観たときはショーに昇華(?)されてて、違和感はなかったけど)
暴力という一方的な力の押さえつけでは、人も世の中も動かせない。
9.11から始まり、3.11で決定的な想いとして、
世の中の価値観が、変わってきている。 と、確信。
3.11でいう暴力とは、言葉の暴力、権力の、思想の、経済の、とか。
困惑から発していても、対話なく押し付けようとしてる時点で、そう感じる。
でも人々は、違和感しか感じない。 納得しない。 様子をみている。
そうして少しずつ、ちゃんと脱原発へと、みんなの意識が倒れかけていると感じる。
負けずに、相手を否定するのではなく、内包するように。
カードは、なかなか使う決心が付かず。 怖いですよ、何を言われるかわかんないし。
夕べ、ようやく、初お手合わせ。
ふう。 普通だった。
ただ、ちょっと皮肉っぽくかわいらしい動物さんたちの絵が、
ぎすぎすしそうな人間社会の解釈を、プクンとまろやかめに逸らしてくれるのが、
今のわたしに合っているみたい。