PCがwin98の頃、かな。
まだPCが一家に一台、うちの場合は応接間にあって、父や弟の使う合間に、ゲームさせてもらうのが、わたしのPCさわりはじめ。
ちなみに数学科の弟の周辺には、弟も含めて自分でゲームをプログラムする人たちが多数いて、テトリスのバリエーションゲームもたくさん触った。
キーボードにはビニールカバーがかけてある時代で、わたしの長い爪の連打のせいで痛みが早く、買い替えさせられた記憶があるな。
そしてシムシティである。
野原に道をつくるところから、村を町をつくり、人をふやして都会に育てていくゲーム。メガロポリスにするにはちょっと設定をいじって(天災モードをオフにした)、つまりズルしないと到達できなかったな。
ゆうべ、どこかでシムシティという文字が目の端をかすり、そんなゲームがあったことを思い出した。検索したらスマホ版をみつけ、で、ダウンロード。(絵にかいたような、作業義務からの逃避行動w)
しまった。
工場生産終了、次の指示待ち!のお知らせが、絶えずスマホを震わせる。わたしはすっかり、ゲームの奴隷となりさがった。
今朝も、起きてまず開いたのが、シムシティ。
。。。。。。
先日、『サピエンス全史』という本をベースにつくられたTV番組があり(録画をまだ前半しか観てないんだけど)、
穀物を育てることは生活のすべてを支配されることを意味し、つまり人間は穀物の奴隷になったのだ、みたいな描写があって。
人間は案外、奴隷となることを自分で選択しがちなのかもな、とか。