あとりえあげん

世田谷区三軒茶屋で隠居してます。ときどき劇作家。 HPはコチラ http://agen.web.fc2.com/

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エコもここまで

偽善のキライなわたしとしては、
平均的な日本人としての生活をしながら、大声でエコロジストを自認する人間は
……大嘘つきか、現実逃避者 だと思うわけですが、

この冊子↓が送られてきたときは、マイリました。081005_unicef

わかりますか?

冊子に直接、アドレスシールを貼って、左側は紙テープで閉じてあるのですよ。

さすがに郵送はできないらしく、メール便でした。

 

偽善といえば、

去る10/1の朝。
三越前駅の地下通路にずらずらと10メートル置きに女子学生の3人組が並び、
例の赤い羽根の共同募金を呼びかけてるわけですよ。

だいたいこの時代に、100円だか500円だかのワンコインで、エラそうに赤い羽根をつけてもらう方もいかがかと思うし、
(紙幣を入れる人って、どれくらいいるのかな?)
数時間だか立って叫ぶだけのナンチャッテ・ボランティアをするくらいなら、
自分たちで汗を流して金を入れたら?と思うわけですね。

自分はユニセフと骨髄パンクに、身の丈にあった金額をいれてるし、
そうすると「赤い羽根」なんて、
ぅぁあああ、もぉっ……とむずがゆいンです。

が、この朝は

自分たちを無視する通勤途中の社会人たちを冷静に分析している、いくつかの澄んだ瞳のグループに気付きました。 
この経験を通して得る彼女たちの社会勉強は、ずいぶんと奥が深い。

気になったのは、企画しているはずの指導教員さまがそこまで計算してボランティアをさせているのか?ということで。
私立の女子生徒と先生だったら、そういうフィードバックは話し合われるとは思うんだけれど。

とにかく、このナンチャテ・ボランティアもマンザラでもないなあと、愉快に感じられました。

 

しかし
この手の発想は、キリスト教にあるわけでしょう?
でもキリスト教圏の「募金」は金額も労働力も、スケールが違うよね。※
なんで日本に中途半端な習慣として、定着したのかなぁ。
(実家/世田谷区瀬田 にいた頃は、回覧板でひと世帯500円で「足並みそろえて」集金した記憶があるけれど、今はどうなんだろう)

 ※ もうひとつ、税金対策としての意味があるから単純には語れない。
   日本では個人が、10万/年間を超えるといくら還付されるんだっけ?

 

ん?
今、気付いたけれど、
寄付する側に、自分の生活は充分恵まれています。 ありがとう。 せめて余力くらいはお裾分けします。 みたいな感謝の念がなければ、寄付はしない、か?
つまり日本人は、地球全体なレベルからすれば段違いに恵まれているはずなのに、生活に満足感や余力は得られていないってこと?

それとも単に、日本人は、ここにあるものを他と分かち合うって考えに欠けてるってこと?

うーん。