2006.7.17 17・00〜 帝国劇場
(ぼ〜〜っと、帰りの地下鉄、反対方向に2駅、乗ってしまいました。……どしゃぶりに降られて、おろしたての長いスカートをひざまでたくし上げて、家まで歩きました。……歌いながら、さ)
本日は前売り券。ホントだったら、今日がはじめて観る日だったわけです。少し後ろめだけれど、完全にセンターの席。ええーっ? 今までと、「画」が全然違って見える。特に振り付け。……美しい。螺旋階段のうえの伯爵さま、きゃあっ叫びそうになった(……笑笑っ )
帝劇は、ほんとに座る位置で、こんなに「音」が変わるのね。知らなかった。今日の席は少しエコーがかかり、ボリュームが過多で、ぱたぱたと雑音が入る。だから、せっかくの伯爵さまの声の聞え方が、不満。声よりも、かれの長い指先を目で追いながら、世界に入る。
サラとアルフレードと、ダンスメンバーが、確実に進化している。若いコはすごい。1日1日を吸収してるんだろうね。観る角度もあったのかもしれないが、今日のダンスはすっごくよかった。かっこよかった!!
前回、舞台の余白を感じて、何故だろうとずっと考えていた。歌のシーンでは感じない。ダンスシーン、しかも群舞で思うのだ。振り付けのせい? すごく、かっこいいんだけどな。確かキムさんが、意識を飛ばすというような言い方をしていたと思うのだけれど。それをしてないのかな、と思ったり。シロオトが知ったかぶりを言うのは、ちと、恥ずかしいんですけれど。
キムさんの踊りは、ミュージカルでないからね。同じことは言えないのかもしれない。ただ、わたしの目が、キムさんをベースに判断してしまうから……。確かね、こう言ったの。たとえば手を空中にのばすとき、意識はその遠い向こうまで投げるのだと。(違ってたら、ゴメンナサイ)
実際にキムさんは、SePTや新国立の大きな空間を、ひとりで緊張感のある空間として支配してしまう。空気をすごく意識している。指で払ったり、揉み解したり、それは美しい指の、手の動きで。
歌うシーンではね、みなさん、客席の上の空間に向かって発声しているから、振動が箱中に伝わっているんだろうなあ。余白感はないの。
なぁんて、こんなことをブツクサいうのは、きっとわたしだけですよね。すみません。
本日の感動は市村さん。笑いをとるシーンを細かく、変えているのですね。たぶん客席にリピーターがふえるほど、笑いの反応が鈍くなるのね。鮮度を保つために、きっと誰にもわからない苦労をしているんだと感じた。コメディって、……はあ……、奥が深い。
そうそ、伯爵さま。「ボクはぼーっ突っ立ってるだけ」と、稽古中のインタビューで言ってたけれど、ホントにぼーっと突っ立ってるとき、たとえば最初の通路を歩いてるときの背中とか、墓場で逆光の中を登場してくるときとか、なんともいえないステキな存在感がございます♪ (何もしないでいるのがステキって、褒め言葉になんのかな?)
で、
わたしは一体いつになったら、この作品をお祭りとしてでなく、「ミュージカル」として観れんのかしらね。……無理?