あとりえあげん

劇作家・ミュージカル関連のコミックエッセイスト・多摩美校友会理事 活動ベースは三軒茶屋ですが八ヶ岳の別荘で在宅介護はじめました☆

[ブログ版] 世田谷区三軒茶屋で隠居してます。ときどき劇作家。HPはコチラ http://agen.web.fc2.com/

シュバイツァー

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オボロな記憶を頼りに、小学生のころ感銘を受けた本を探し出して、買いました。今どきは便利ね。シュバイツァーの伝記です。

これを機に、いろんなことが判明。

 

シュバイツァーを知らない方は、こちらを読んでくださいね。

アルベルト・シュヴァイツァー - Wikipedia

 

ちなみにアマゾンだと。 

シュバイツァー (1976年) (世界伝記全集〈13〉)

シュバイツァー (1976年) (世界伝記全集〈13〉)

 

古本で299円+送料。このページから注文して買ったんだけれど、上の画像とは作者名が違うでしょう? これについても考察しました。後述します。

ちなみにほかのサイトだと1500円だったりします。

 

絶版である大きな理由は、アフリカ人を「土人」「やばん人」と書いていることでしょう。1965年(発行年についても後述)、わたしが読んだのは70年ごろなわけですが、そのころはね、悪意なくそんな言葉でアドベンチャー感に酔う、まだまだな時代でした。

 

 

 

小学生のわたしは買ってもらった本を繰り返し繰り返し読む子どもでしたが、今、読み返してみて、どれだけ読んだことやらと、自分ながら呆れましたよ。

まず、幼い自分の作文を読んでるみたいで気持ちが悪い。文体がモロ影響受けてます。(その後のわたしは平井和正夢野久作などを経て変遷していきますが、これはまた別の話)

そして、わたしに備わるあらゆる分別のおおもとが、ここにありました。

そっかあ。この本が自分の人生のバイブルになっていたのか。自分自身のいろいろが理解できた気がして、少しほっとします。博愛や頑固や思い上がり。物理的な作業の構築、整理、進行の手順。思索、瞑想。哲学を持つこと。異文化、異人種の受け入れ。他人の善意と、無知。ええ。小学生にしてガッツリ刷り込まれましたよw

(つまりこの一冊を読むと、わたしのことがスゴク理解できるようになると思われますwww)

 

 

ところで以前にも少し書きましたが、ネット検索によると、昨今のシュバイツァーの悪評は大きくふたつあるようです。

・現地にヨーロッパ文化、特に食文化を押し付け、病人を量産した。

・「人類は兄弟」と説いていながら、その実は白人優位。

ふたつめのほうは、児童文学の権威が書いてらして、シュバイツァーを例に、人の評価はあらゆる角度から知らなくてはと、アメリカやイギリスがどのようにアフリカ大陸を利用したか、書かれた内容のようです。(高額なので読む予定はない~) 

アフリカのシュバイツァー (フォア文庫)

アフリカのシュバイツァー (フォア文庫)

 

 

でもねえ。

今回読んだ本の印象だけで語るのは危険かもしれませんが、当時のヨーロッパ人の経済や価値観の中で、このふたつ、言いがかりでは?とか思っちゃいますよ。(だからほんとは、寺村さんの本を読まなきゃいけないんだけど)

食生活に関しては、ヨーロッパから(無理やり)食料を輸入させるための習慣の書き換え政策だったのではないかと、これ誰か、経済方面の人にご講義願いたいのだけれど。

それはもう国の問題で、個人の責ではないでしょう?(自国の利益(または自分の子どものパン)のために、親切なふりして他国を踏みにじる。帝国?資本主義的なこれはこれでまた、別の論議が必要なんだけど)

西洋医学を学んだお医者が東洋医学も取り入れ始めたのなんて、ほんの最近のことで。日本人の医者の食事療法を理解できなかった(と、何件かのサイトにあります)とか、手足をちょん切り過ぎだとか、これはね、時代的に仕方ない。(温存の考え方も最近のことです)

 

現代の価値観からすれば、間違いも多かった。だとしても、

 

酔狂や売名だけでできたことではないし、

アフリカの人たちから評価されていない。という言い方も、どこまで信憑性があるのかわかりづらい。(この場合はとにかく、数人の言い分・感想を総意のように振り回す人、いますから。気をつけねば)

 

今回、感動したのは、

戦時中の物資欠乏。病院閉鎖の危機の中、当時フランス領のランバネラに、アメリカやイギリス・スウェーデンから薬品や物資の寄付が届いたという記述。戦時中にそんな発想ができる心の豊かさ。

そして黒人たちの治療は無償であり、病院で働くスタッフたちも無償であること。(寄付と私費で賄われていた)子どものころとこの年齢になった今とでは、重さがまるで違って響いてきました。 

 

 

 

さて。

 

今回読んでいて、ちょっと鼻につくくらい繰り返されるある種の文章に(そしてわたしは見事、刷り込まれたわけですが)、ふと、作者はクリスチャンではないかと予感しました。

それで「青山 直」さんを検索したのですが、ヒットしない。似たおなまえのサッカー選手がいて、not-検索してもその方しかヒットしない。

 

で。アマゾンのページで表記されてる「池田宣政」さんをしらべてみました。

(梁川剛一さんは挿絵画家さんです。ここは共通)

南洋一郎 - Wikipedia

おや。いろんなペンネームで書いてらっしゃるようです。

 

今度は「シュバイツァー 池田」で検索。ポプラ社のページがヒット。

同じタイトルの本が1976年に改訂版として出たようです。(表紙画像はなし)

ようやく腑に落ちました。これは推測だけれど「青山 直」もペンネームのひとつなのではないでしょうか。改訂されるのを機に、通りの良いほうの名にした、とか。

 

そしてウィキペディアによると、南洋一郎さんはカトリックの洗礼を受けていらっしゃる。ほらね。わたしの予感と一致してますよ。

 

 

そしてここからが、一番のうっわーっなのですが、

南洋一郎さんの代表作。児童向けの「怪盗ルパン全集」。このうちの数冊も、小学生のわたしの愛読書なのです。 

 小学生のころ、わたしはホームズよりもルパン!派でした。

 

 これ↑↑は何か所か、子ども心にも意訳が過ぎるのでは?と感じていて、いまだにあれはどうだったのだろうと、ときどき思い返してた本です。

文脈の違和感とか、落としどころとしてこの一文を書いたんだろうなとか、かわいげのない読み手でしたね、わたし。

ああ。そういえば、語り口、似てたかな。

いまだにね、劇場席番とかで「H」だと、オルタンスのHはAから8番目、ってよぎるのよ~

 

 

というわけで、わたしをつくりあげた恩人(なんとお呼びしよう???)と今、ようやく出会えたのですよ。

『不思議の国のアリス』 at  KAAT

とっても幸せな舞台を観ました。

人の心とからだは、どこまでもシンプルでしなやか。
でもそこに至るまでの道のりがあってこそ行きつくことができた場所でもある。

 

すっかり夢見心地だ。

 

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↑↑ フライヤー用の原画が展示されてました。100号近いでかさ。

 

 

『アリス』をモチーフにしたいろいろな作品の中でも出色の出来ではないかと思いながら観ていました。ただ、本家を知らないと、どうなのかしら。

 
あれを、

こう、

 

表現するかぁ~ ~ うわーうわー すっげぇ!

 

わくわくしたり、あんぐりしたり、うっとりしたり。

 

  

現役高校生さんだというアリス(いいキャラ!)がいて。

開次さんが(眉毛があって別人ぽい!)ウサギで。

全能のパフォーマーさん(笑)が四人。 計六人で。

 

スピーカーをいくつしこんだんだか、めちゃ立体的な音響と。

シンプルな美術と、

ふんだんなアイディアを仕込まれた魅力的な数々のお衣裳と、

あとは声と身体表現だけ。

 

 

あ。以下、ネタバレ入りますよ。

 

 

ドリンクミーで、生身の身体がぐぐぐっと縮んで見える魔法。(照明が雄弁なんだと思うんだけど、これ、すごかった!)
イートミーで、まあ手足があんなに遠いワ!の表現。笑。

 

うえーん、うえーん。びっをつけてみな。え、なに? びっうえーん? び……ビッグウェーブ? えっ? うわああっっ流される~(どのシーンかわかるよね?)

 

わらわらと現れた生き物が、花々を咲かせて、芋虫になり、ふたたび不思議な生き物になってうごめき、
キセルを吸う例の芋虫になり、魅力的な声でしゃべり、

そのあと脱皮する。説明的な動きは全くしないけど、蝶になった、きっと。

 

帽子屋のお茶会!

 

黄色いお衣裳のトランプのキュートなこと!

 

そしてハートの女王様!!!
舞台奥の鏡を使った悪夢のようにすてきな登場シーンの見事! ドレスの見事! ショーアップの見事! 笑った~ 

 

 

このテのパフォーマンスにはちょっとめずらしく一本の筋が通っていたのは、劇作家さんがシンプルで邪魔のないテキストを用意してたからと思われます。 

 

 

とにかく。
帰ってきてからのわたしは、ごろごろと床にのたうつ。

どうしようどうしようどうしよう。(や、どうしようもないのだが)やばいやばいやばい。すてきだったすてきだったすてきだった。(わたしって思考が停止すると、同じ言葉を三回ずつ繰り返すらしい)

 

toRマンションのでしか見られなかったオブシェクトファンタジー系パフォーマンスを、開次さんが作ってくれたぁ!!

 

チケット、当日券がわずかにあるようですよ。

 

 

Tシャツとガチャポン・缶バッジを買いました。バッジは帰り道にバッグにつけちゃったよ。 

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↑↑ スタTは、金色でこのデザインだった!

 

 

そうそう。当日パンフとフライヤーの束は、終演後の出口で手渡されました。これ新しくない?

 

 

ビューティフルなチーム

先週末は友人3人と某歌劇団の旗揚げ公演『椿姫』の表方のお手伝いをしました。

 

友人で関係者のさとみにゃん(アマチュアオペラの常連)が、

みんなにロビー周りをまかせたら(初代キャッツシアターの表方アルバイト仲間です)、わたしはコーラスとして舞台に出てもいいよねえとか言うので、どうぞどうぞと。

そんなこんなだったからアマチュアオペラだと侮っていたら、

 

とんでもなく超一流の旗揚げ公演だったみたいで、度肝を抜かれましたよ。

 

前日にゲネのご招待はあったけれど、あいにくわたしはほかのチケットを買ってあったのでご辞退し、

手が空いたら客席に忍び込んで観ていいとも言っていただいてたのですが、結局そんなヒマもなく、(ロビー周りって結構、地味にやることが多いのよ)

 

ただ、遅れたお客さまを客席後方ドアから入れるとき(自由席なのでそこまでしかご案内しませんでした)、垣間見えた舞台の美しさにぎょっとし。

道具に格調があるし、お衣裳もゴージャスだし(これは楽屋から予感があったけどアマチュアもすごいなあぐらいにしか思わなかったw)、

 

ロビーに漏れ聞こえるオケの音、アリアも、合唱も、ありゃ、もしや豊かさ厚さが相当なレベル???と予感し。 

 

二回目の休憩でロビーに出てきたお客さまたちの至福な表情(!)を見て、これはめちゃくちゃヤバイ出来のオペラなのではないかと直感し。

(ちなみに。この表情を見るのが舞台関係者の至福のひとつです)

 
幕切れのほんの数分だけ、親子ブースに忍び込んで、ほんのちょっとだけ堪能しました。うわー、ヴィオレッタ、すてき!
どういう経緯の団体なのかは不明だけれど、超本格オペラだっ!

(見損なっててこめんなさいっ!)

 

 

で。

 

話はわたしたち表方(おもてかた)手伝い4人の、手前みそです。

 

 

公演のロビーまわりなんて、きちんとしていて当たり前で褒められる対象ですらなく、裏方という単語は知られていても表方は知られていないし。

だから、自分で褒める。(笑

さとみにゃん以外、誰も褒めてくれないから、自分で褒める!

それはそれはビューティフルな仕事をしたんだよ!

 

 

1年間のバイト仲間といっても30年ぶり(!!)で。まあ、みほさんとわたしは一緒にミュージカル作ったりはしてるけど。

500人弱のお客さま相手に、割り振られた作業以外にもやることは次々と出てくるもので。

 

でね、

あ、あそこに誰かいったほうがいいなと感じる場所に、すぅっとほかの誰かが入ったり、わたしの突発的な対応の前後でフォローしてくれてからすぐに去ってたりするあまりの自然さに。

なんなんだ、この無言のチームワークは。。。。。。

 

じゅんこさんに、

キャッツバイトのとき言われた仕事をするのではなく、自分たちで話し合ってルールを立ち上げていってた成果かなあと言ったら、

それを言ったら、劇団はよくもまあ、バイトに全部をまかせたよねえ。オソロシイ。という話になりました。

数人の営業、小娘たちのバイトだけで、よくも全部処理してたよねえ。しかも、当時はまだSNSがなくてよかった!的なアクシデントがいくつも勃発したし。(その恐ろしさに今さらおじけづいたw)

 

その夜のグループメッセージで、

お客さまのクレーム対応をしてたえっこが、ホントに素晴らしかったんだよ!と、みほさんがさとみにゃんに告げてた。だから大丈夫だと思うけどクレームが1件あったことを報告しておく、って。

 

まあねえ。炎天下に開場2時間前から人が並び始めたので、裏の確認をもらって、急きょ手書きの整理券120枚、つくって出したのですが、そのあたりに不満な気持ちをお持ちだったらしいです。

 

うん。

やるべきことを察して、できる限りを尽くした結果でも、最終的には完璧にはならない。
せめて悔いにならないことが、しょせん人間のやることのベストだと思いしる。

 

 

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あ。インカムデビューしました。

オペラのスコア相手じゃ、キュー出ししてもらわないとタイミングわかんないもん。

 

 

後日、5人の情報共有場所を作るため、ふたりにはLINEデビューさせました。

(もしもこれ読んだほかのお仲間がいらしたら連絡ください。招待します)

 

 

にしても。最強の人材が集まった背景を考えて。

そうか。バイト面接をした劇団営業本部長のオオシマさんのお眼鏡にかなったって括りかと気づき。

すげーなオオシマさん。

 

30年後、こんなふうに世の中のお役に立てるとは、誰も思っていなかったよね。

 

 

 

『Four Letters』

公開稽古/日本語と英語のリーディング @シアターX

 

先日のリオフェスの終演後に、カナダからいらしたコリーン・ランキさんが紹介されました。理生さんのテキスト『糸地獄』を翻訳上演した方だそうです。

個人的に少しおしゃべりもさせていただき(日本語で)。これはもうチェックしておきたいイベントだわ~と今回お邪魔したのでした。

 

椅子をずらりと並べて、演者さんは一・二回の稽古だけで初稿を読み(動きはなし)、そのあと観客は印象や感想を述べる。作家はブラッシュアップのメモを取る。

確か海外では当たり前によくあるというけど、日本ではあまりない形式。(あ~ でもこれやりたい!と今、気づいた)

コリンさんは、何度も見て、だんだん良くなる様子も一緒に楽しんで育ててクダサイとおっしゃってました。

 

『Four Letters』は理生さんのたぶん後期の作品で、言葉よりも所作に重きがある作品のようです。

四人の女優さんが記号のように人形のようにしゃべり、繰り返し、

それが会話になったとたん、ぬるっと体温を帯び(とわたしは感じた)。

女の四分の一が、やがてひとつになって、またばらける。そんな印象をもちました。

 

ちなみにタイトルは『四文字(熟語)』という意味のようです。

 

 

日本語の女優さんが4人、英語の女優さんが4人。センターからシンメトリーに春夏秋冬の役で座り、一場ごとに交互にリーディング。

 

日本語と英語が、同じ文章なはずなのにまるで違うように聞こえ、それは興味深いのでした。

たぶん日本語はぼやかし意味深に語る言葉で、英語はシンプルに表情豊かに押し出す言葉だなあ、とか。日本語は裏に何かを秘めてる印象で、英語は言葉に裏のない強さがあるな、とか。

 

今後、英語で「理生ブシ」みたいなテクニックを探すのかな。

 

 

終演後、雛さんから、初演ではこういう演出で上演したのよ、と教えていただき、うあ~ あそこはそういう意味かあ。全然違ってくるじゃないですか~~ とも知りました。

このテキストはいかようにも演出できる作品みたいです。誰かやらないかな。

(そして今回はちゃんと雛さんに、実は十年前にお会いしてますと告白しました。てへ) 

 

次回は一年後だそうです。息の長い、楽しみなおつきあいになりそうですね。

 

 

 

 

 

ハスとデッサン

その日、ボランティアとそのあとの予定の間が長くて、何して時間つぶすかな、と。

学生時代の鉛筆の束を棚奥で発掘してから、デッサンしたい欲がそこはかとなくあり。

ただし集中力は続かないだろうから、簡単なモチーフを写真に撮って家で描こうという、ずぼら。

というわけで、ボラ先の近くの二箇所でハスの花の写真を撮りましたとさ。

お手軽 iPhone7 PLUS です。

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さっき書き始めたけれど、案の定一時間で飽きた。

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だいたいモチーフに白い花(描きにくい)を選ぶ時点で、勘が鈍っている。

 

安田講堂前で研究室の期間限定展示らしい。

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そして不忍池

晴れ日の夕方では、花も葉っぱもしなしなしてた。

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素材としては、ドローイングのほうがおもしろい絵が描けそうだな。

 

駅まで通り抜けた上野公園のアジサイ

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向かった先の両国駅前のコーヒー屋で夕飯にサンドイッチを食べる。

窓際の席はしまったなあ西日がきついなあとか思ってたら、ピロリンと携帯に「墨田区豪雨警報」と浮かび、はあ?と思った十分後、夕陽が見えたままのマジ豪雨。

 

駅で雨宿りする人たち。雨の中を走る人たち。を眺めていて、キンドルを閉じて頬杖を突きながら、ほのぼのと眺める。いい情緒だなあ。

と感じるのは、圓生さんのエッセイを読んでいたからかもしれない。

 

 まだ数ページしかだけど、舌先に露を転がすように読んでいる。味わいがなんともいえない。

わからない単語はちゃんとググるし、料理名はレシピまでたどる。あ、だから、時間がかかってんのか。

 

 

おまけ。

昔はムヒを手放せないほど、よくよく虫に刺されてたのだけれど、最近はなくなった。ああ年を取るってそういうことでもあるのねと残念?に思っていたら、

久しぶりにやられました。

で、なんとなくうれしくなって、家に戻ってから写真撮ったw

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にしても、なんでココ?