あとりえあげん

世田谷区三軒茶屋で隠居してます。ときどき劇作家。 HPはコチラ http://agen.web.fc2.com/

[ブログ版] 世田谷区三軒茶屋で隠居してます。ときどき劇作家。HPはコチラ http://agen.web.fc2.com/

ブラウザの差

【メモ】

 

八ケ岳の家から、ギガファイル便にアップロードできない。

 

↓↓ ギガファイル便

gigafile.nu

 

八ケ岳の家のプロバイダの契約がへなちょこで(だって基本、別荘だもん)、回線が細いのか、アップロードしてても途中で途切れて、一からやり直し!となる。

 

もぉ、なんでぇぇ! 

PC相手にキレてもむなしいのだが、一応、叫んでおく。

 

傍から見ていた父が、わけのわからん(知ったかぶりというより、精一杯のエール?の)アドバイスをくれる。あーはいはい。

 

ん??

 

言葉尻をヒントに、
ブラウザをグーグルクロムからエッジに切り替えてみた。

時間がかかったけど、アップロード成功! 無事に原稿を納品。

 

ありがとう、おとーさん。

 

マイクロソフト(エッジ)、グッジョッ!

 

『ノートルダム』 2回目!

もう一回マッシュのフロローを観たくなりました。勤勉で人のいい、解釈というよりマッシュの人格が反映されたフロロー。

来日組の演出家さんは、たぶん、役者の自我を少し織り込んでみせることで「今」と「ユゴーの時代」の価値観を、糸でつなごうとした演出を狙ったと、わたしは思ってます。

 

で、もひとつ! 仲良しのひとみんに一度ミュージカルを魅せたい!と言ってて、お、これはいい機会かな、と。そしたらひとみんの幼馴染のみさおちゃんも一緒に行きたいということで。(みさおちゃんとも、2回しか会ってないけど、仲良し)

 

一方。

一緒にいく旧友たちが、どうせだったら中華街でランチしよ!と。いいね~ 娘ふたりもついてくるという。

 

というわけで。11時待ち合わせ!

 

f:id:atelier-agen:20180710225403j:plain

 

老舗?の中華屋さん。「同發」 おいしかったよ~

 

そしてKAATへ! 

  

f:id:atelier-agen:20180710225445j:plain

 

第一幕。

以前よりはよくなったけれど、あちこちの演出や演技の詰めがあいかわらず甘くて、いい作品なのに惜しいな~ は相変わらず。

 

などとおしゃべりしてたら、離れた席の娘ふたりが劇場ロビーからはずれた場所にいたにもかかわらず、わたしたちを見つけた。

なんのことはない。ひとみんとわたしは、覗きたい場所が似てるってことかも。

 

f:id:atelier-agen:20180710231312j:plain

 

劇場に、こういった吹き抜けは必要かどうかという話にw

それだったらもう少し、大劇場のロビーを明るく広くしてくれてもよくない?とか。

 

第二幕。

お~ みちがえるほど充分満足な仕上がりだ!(←あははは。なにさまなご意見なんだかw) 率先して立ち上がり、拍手しました。

いい舞台をありがとう。

わたしが一番好きなシーン、幕切れが。以前は役者のからだが意味を理解してなくて腹がたったが、今度は逆に少し慣れはじめて意味を見失い、つまりやっぱり、ぼんやりにしか機能してなくて、残念。

 

マイムやコンテンポラリーダンスや、舞踏でもいいんだけれど、を、役者はもう少し勉強しようよ~ つまりは存在を、観客にゆるぎなく示し、巻き込むってことなんだけれど。

 

でもね。

なによりも、キャストのひとりひとりが、ひとつの方向をむいて、いい舞台をつくろう!という熱意と誇りと信頼にあふれてて。(というあたりまえが、近年の劇団四季の舞台には欠けてた) それがうれしい。

 

演出監修立場のベテランの役者さんが5人いて、という話を友人から聞く。『ノートルダム』はアジくんの監修らしいです。

なるほど、わたしが演出家がいない芝居だな~と感じるのは、演出という方法論ではなく、演技の経験値で感覚的に煮詰めたお芝居だからってことなのか。と思う。

 

まあ。文句は多少あるけれど、プロダクションの空気感は好き。アジくん監修なら、ほかのも観たいかな、とか。

 

 

エスメラルダ役さんが、情感があって好きでした。クロパン役さんもよかったな。

あとアンサンブルの年長の男の方と女の方。(おなまえ、わからん。ごめんなさい)このおふたりが、いい感じに全体をまとめてらした。

 

クワイアは前回が絶望的にひどかったから、今回は2幕頭の美しさを楽しく聴けました。(みほさんが、劇場の音響の差もあるのでは?というのだが、どうなんでしょうね)

 

 

 

いろいろあったけど、四季、大丈夫なんじゃないか?と思えました。大所帯だから簡単には言えないだろうけれど、マッシュがいて、アジくんがいて、若いコたちをちゃんとまとめて階段を上っている!って感じられました。

 

(それでもやっぱ、演出ができる演出家は、いたほうがいいと思うのよ。必要なのは、つまらない、ちょっとした修正の、積み重ねなんだから)

 

 

 

 

ごめん!

お絵描きや作文に没頭して、

 

食べることやお風呂に入ることや、髪を乾かすことやその他モロモロを忘れても大丈夫なんだけど。(ん、大丈夫でもないか?)

 

ベランダのプランターに水をやることだけは、忘れちゃいけなかったのに!

 

 

種をまいて、せっかく発芽したコスモスはほぼ全滅。

息も絶え絶えなパクチーはもやもやと絡まり、青い種はコロンコロンとできてはいたけど、元気な種か疑問だったので、思い切って抜く。

 

問題は、和綿だ。枯れ落ちた苗のほかに、まさかの虫食いがある。知らん顔して緑の小枝のふりをしている尺取虫をティッシュでつまもうとしたが、二本足でくいついて離れようとしない。ので、そのまま、その綿を根から抜いて、ゴミ箱へ。

ごめん、とつぶやく。

ほかの綿が生きていくためなの。ごめん。

 

以前、間引きした綿の苗が、ほそぼそと牛乳瓶の水の中で生き延びていて。(つまり処分を忘れてた)おー君たちの出番だ。まさかの復活戦だね。土に植え戻す。今さら根付くかしら。

 

 

 

 

 

オウムの7人の死刑が執行されたらしい。

 

ごめんね。とつぶやいてみる。不謹慎かしら。

でもごめん。

ほかのみんなが生きていくため、

なのかな。わからないわね。

 

大勢を犠牲にしたから、今度はあなたたちがみんなの犠牲になったのかしら。

わからないわね。

 

なんであれ、人が人を殺してはいけないという概念は、ものすごく近年に生まれたみたいに思うのだけれど。この後味の悪さ、気持ち悪さは、なにかしら。覚悟のない、善人ぶりっこなだけかしら。

 

 

でもね、わたしは、

枯らした植物は抜くし、虫はつまんで捨てるんだわ。

ごめんね。とか、気休めをつぶやきながら。

 

 

そうそう。

他国ではみなさん、そうなさってらっしゃるから死刑はやめましょ。的な発言は、勘弁してほしいわ。人間として、もう少し違う発想から考えてみたい。

 

(世の中で、死刑反対!と叫ぶ人たちの理屈に同意できなすぎて、死刑は反対と言いづらいって、なんなんだろうなあ)

 

 

こっそりこっそり

土日になると、わたしのSNSはどこそこで観た誰々の大道芸がよかった、最高!という記事で埋まる。ので、

 

こっそりここに書いておく。

 

わたしの近くにいるパフォーマーたちには、かなわないと思うけどね~ みんなステキよぉ☆

 

 

『M!』

古川くんのヴォルフが、めちゃくちゃステキだった件。

反抗期のノッポの少年が愛しく、静かに絶望しながら選びようのない道をたどる青年が痛々しく。

成長変遷していく、新しいヴォルフガングを魅せてもらって、幸せでした。

迷いや照れやこだわりが、つるんと消えたのかな?

 

終盤のパパが立ち位置と芝居の密度を変えてきてらして、対応する猊下との緊張感が張り詰めて、メチャわくわくしました。

 

そして。

ここしばらく、いろいろな方の歌を身近で聴いてきたけれど、猊下の声に、あーわたしにとってやっぱ特別に揺さぶられる懐かしい声なんだわ、とか思いましたよ。