こんな夢を見た。
機能に欠ける旅館に大勢で泊まる騒動などいろいろあってからの果てに、お笑いのショートライブらしき現場に、わたしはパシリか見物かの立場で巻き込まれている。
片隅で、ジャニーズ系の若手アイドルらしきに長々と自慢話を(それをわたしに言われてもねぇとか、今ここでズット聞かされてても大丈夫なのか自分?とか気にしながら)聞かされたり、若い(役者系の?)友人たちのネタの積み上げの過程や準備を大変そうだなあと他人事に眺めてたり。笑ったり。
わたしはいわゆるTVで言うところの「お笑い」の分野にあまり興味はない。でも若い女優さんとかは勲章のように「わたし大好きなんですよ♡」っていうの流行だよね。視聴者(世の人)もお笑いが大好きなんだよね?
やがて夢は、思考の沈殿と浮遊に移る。(以下、ひとつの糸につなげていく説明は省きますよ)
ああそっか。わたしが見ないTV番組で、ベテランが若手に無茶ぶりして追い込むのは、笑いものにするというより、死に物狂いの状態を体験させるためなんだ。(と、夢の中でわたしは考えている)
今の消費者は、アイドルグルーブやお笑い芸人の死に物狂いと、そこからこぼれるわずかに本音めいた感情にしか、楽しみを見いだせないから。
今の消費者があまりドラマを見ないのは、ドラマは「あれこれ考え(て尊敬し)ないと楽しめない」からで。お笑いはその瞬間だけに反応してればいいからで。(←ちなみにコレ、認知・痴呆症のチェック項目に近いんだよぉ)
わたし。大道芸は見るけど、好きなショーとそうでないショーがあって。ときには失礼なくらいハッキリと好き嫌いがあって。
でもわたしが見たくもないショーを楽しむ人たちが大勢いるわけで。
つまり。大勢が求めているものとわたしが好きなものは「違う」ことを意識しなくてはいけなくて。(自分の価値観の枠を広げなくては! なくてわぁ わぁ ぁぁ ぁ !(エコー。という強迫観念www))
あーこの間の自分。ゴールデンズのあっちとこっちの舞踏大道芸を見ながら。
わたし自身が観たいのは、おもしろがるのは、振り付けやオブジェや技術ではなく、その人がそこに存在しているというエネルギーが、周囲を巻き込んで、みんなで別の次元に連れていかれる、その高揚で。
肉体の存在。命の存在。みんなで巻き込まれ、宇宙(森羅万象)を目指す。
人々が欲しているのは、単純なようで、ものすごくわがままだ。わかるようなわかんないようなシュールな高尚感。と、たぶん自己肯定感?
(この「感」がクセモノで、おそらくそのものではナイ)
パフォーマーの強みは死に物狂いの態。その気持ちを言葉で説明されると、それはもう嘘になる。
でも言葉は、その死に物狂いの態を作り出すためのツールだ。
そんな言葉。台本。どう織ればいい???
そう思いめぐらすころには、
カーテン越しの光の中で、完全に目覚めていた。 おはよう。