コロナで劇場閉鎖後、初めての観劇!
ヘアスプレーやらふぉ~ゆ~やら、ここまでいくつの屍(失礼)を乗り越えてたどり着いただろう。
検温のために劇場前で間隔あけて並んでるときも、すでに、ああああって感覚だったし、なんなら前の晩からそわそわどきどきしてたわけだが、
アルコール消毒して、合図を待ってからひとりで階段上って、ビニール越しに、受け皿越しに受付をして、
まばらな椅子に座り、静かに開演を待つ間、洗練された美術を眺め、小劇場の最前列だというのに舞台までは2メートルの距離があるわけで。そうして見渡せる舞台が美しくて美しくて。
あーこれから演劇が観られるのだと、うるうる泣きそうだった。自分が泣きそうだという状況に、また泣けた。
(で。最前列だったので上演中の、すかすか客席の反応や熱量がどんなだったかは、わかりませんでした)
3.11直後も最初に観たのは燐光群だったと思い出す。これは偶然ではなくて、燐光群というのがそういう立ち位置、率先する活動をする劇団ということなんだな、とか思う。
別役さんのシュールコメディ(不条理劇)で、こんなに笑ったのは初めてかも、というくらい笑った。燐光群を観るのも久しぶりだったせいか、それとも役者さんのほうにもやっぱり思い入れがあったのか、
軽やかなお芝居の中に、以前以上の厚みを感じた気がする。なんだろう。ぱすっぱすっと、居場所に当てはまっている感じ。上質で大騒ぎで一貫したハーモニー。
あとね、役者さんたちの佇まい。これがなんともいえない、昭和前半の祭りの風情を香り立たせてた。
そして観ている側の自分が、いつもよりオーバーアクションで笑っているのに気づく。マスクしてるせい、だと思う。
不条理劇ではね、より観客の反応が役者の背を押すって感覚をわたしは持っているから。笑っている、喜んでいる、頷いているという反応を、示したいと感じている。(最前列の真ん中だし)
役者さんのおひとりおひとりが愛しかった。くだらないことで、人間のチカラ関係がくるくる変わる。え、こんなはずになっちゃう? いやいや、だからぁ! あー。
別役さんのホン、すげえな。
8月から映画館はフル稼働になるんだって? それでクラスターがでなければ、少しずつ客席の密はあげていけるのかしら。客席がこんなで採算大丈夫?と、わたしはそっちのほうがハラハラしてしまう。
不安な方は劇場に来なければいい。自分は管理できてると自信をもてる人たちが、来ればいい。
誰もが横一列に平等で、同じ権利を有すると考える時代は、終わるのかしら。
自分の考えに添って、自分の行動をセレクトする。おや、書いてみたら当たり前すぎて笑ったわ。でも、
実はそうではない社会になっていたってことなのかしらね。