三茶の自宅玄関をお正月仕様にし、南の出窓に鏡餅を飾って、
例年通り、八ヶ岳の家で父と年を越しました。
別荘での年末は料理つくるのがメインで、ばたばた。今回は、メニューも量も少なくする!のがテーマだったはずなんですが、余った野菜で別の料理つくるから、結局台所にいる。
12/31朝、
2階からの富士山。昔はしっかりと見えていたけど、森が育ってしまい、現在はこんな感じです。(≧◇≦)
今回の紅白、おもしろかったな。「おげんさん」が、そろそろ男女で分けるのはどうなんでしょうね?みたいなこと言ってて、同感。
そして年越しは、ことしも2355。たなくじは、
あー。今の私には、そのくらいのラッキーが必要ってことかもしれないわぁ。
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今年のおせちはこんな感じで。
お雑煮
けんちん汁
ローストビーフ withオニオンソース
ぶりネギ
紫蘇の実入りのつくね
スバス
なます
春雨サラダ
ねじりこんにゃく&たたきゴボウ
煮豆
くりきんとん(自作渋皮煮と市販の甘露煮入り)
フルーツの寒天寄せ(水の分量、間違えて表記通りにつくったので、固い!)
をつくりました。
あとは切っただけ、盛りつけただけ。
そして例年どおり、美しの森に富士山を観に行く。父は去年の半分くらいしか登れませんでした。(なので次の日は近所の散歩に連れ出しました。慣れたのか、もう少し、歩けた)
年末にペーパードライバー教習を受け、わたしがいるときくらいは、わたしが車の運転するようにしました。
慣れてきたとは思うけど、ちょっとね、まだ怖い。50キロ超えたり、田舎道でほかの車とすれ違ったりすると、ドキドキする。
そうそう。
今年はおせちを少なくするからと、ネットでカニの安いやつ(爪部分だけがどっさり)を購入して、年末年始と2回、鍋にしました。
カニもうまかったけど、一緒に食べる野菜がめっちゃおいしかった! 出汁をちゃんととると、白菜や春菊がいくらでも食べられる~ (もしくは。ふだんの野菜不足に、からだがうれしかったのかも?)
TVとか映画とかをたくさんみて、本は1冊、まだ読み終わらないんだけど、
ちょっといろいろ価値観を揺さぶられる。
スペシャルは。
映画『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』で。
チャーチルの言動が、今のトランプ米大統領にめっちゃ通じる描写だったことと、
消極論の反対勢力がヒトラーとの和平交渉を主張するんだけれど、その様子が、年越しついでに2時まで見ていたTVの『朝まで生テレビ!』の自民党の前大臣や右寄り大学総長の物言いとまったく似ていてね。
もしも政治の結果が、トレースされるとすると。
トランプ氏は最終的に、アメリカにいい結果をもたらす可能性が高く、(対抗馬だったクリントン政権だったら、いまだ世界各地で戦争を続けてただろうから、それだけでもかれで正解だったという評価とは別にね)
現日本政権は、ヒトラーに売国するに等しい態度になびいてる可能性がある?のかもしれない?
なんてイメージが浮かぶわけで。えええっ?
日本が軍事力を持つことに。わたしは今まで反対だったけど、ちょっと考えなおしてしまったのでした。
戦争はしてはいけない イコール 国としての自立を放棄する
でいいのか?と。
戦争してはいけないとただ軍事を放棄するのではなく、
自衛力を持ちつつ、軍事を使わないための策略をたっぷりみっちりと勉強してなくてはいけないのではないのか?とか。
自分でもかなりショックだったが、気持ちがそう揺れたのが、事実。えええっ?
昔、TVで「攻められたら無抵抗に負けて、植民地になればいい」と主張する人がいたけれど、搾取される悲惨に対して無知すぎる気がして。
ちなみに今、楽しく読んでも読んでも終わらない(もうすぐ終わる)のは篠田節子さんの『ゴサインタン』で、発展途上国(ネパール)の底辺の人々はどう扱われるかの描写があって、それがどれだけ事実なのかは不明なのだけれど、
弱い立場として、他人から都合よく搾取されるのは、やっぱ、ヤだ。絶対。
そのためのある程度の強さは、必要だって気がする。
あの。念のためにいうけど、武力暴力を肯定するつもりではありません。
ただ、戦争は嫌ね、してはだめよね。という想いから「先」のことも考えなくてはね、手を打たないとね、と考えたいのです。
(ちなみに、ストーリーから予想されるエンディングは、貧しさの中の豊かさが落としどころかなと思っているのだけれど、どうなんだろう)