父(91歳)が府中あたりで見知らぬ青年に道を尋ねたら、わざわざ車で送ってくださったそうだ。まだまだ世の中、捨てたもんじゃないな。とか言う。
わたしは、その日乗った高速バスでのことを話す。
通路側の席だったので、自分のついでに、荷物の多い隣の方に、どれか棚にあげますか?と訊いた。大丈夫ですとのことで、座る。
と、通路の向こうの席でも、通路側の方が荷物を棚にあげますか?と窓際に訊いている。会話は伝播するのだな。
今度は、わたしの隣の席の方が、天井の送風口の向きは大丈夫ですか?とわたしの世話を焼いてくださった。ありがとうございます。苦手なので閉じたいです、とかね。
斜め前の席では、シートを倒していいですか?と、笑顔でていねいに訊く方がいて。口調は伝染するものなのだった。
父が言う。それは、昭和の初めころの会話だな。全員が見知らぬ人同士でも、当たり前にそんなふうに話してたなあ。
そうなの? とっても居心地がよかったよ。こんな会話が失われたのは高度成長期のせいかしら。アメリカから個人主義が輸入されて。
かもなあ。
失われたものが、人々の間に甦ろうとしているのは、
震災が続いているせいかしら。
経済と利便性が優先される社会の反動が、ようやく起こり始めているのかしら。