ある日ひとみんが言った。「あげんさん、この日って空いてますか?」
なんということでしょう。その日はさっき美容院の予約を変更してもらって空けたばかりです。という流れで、お互いのしたいことに相乗するという、昨日の予定が決まったのでありました。
ふたりでずっと外遊びしてて、わたしは自宅に帰ってこたつに入ったとたん寝落ちしましたwww ずっと神社についての妄想を話せて、楽しかったんだよ~
昼からはまず、ここ。
稲妻フェスって、バイク乗りたちのためのショッピング・フェス@お台場です。
何しにって、大道芸の追っかけですヨ☆
もじゃくんは今、この先の5年10年の自分を左右するような時期だって、そんな気がしてる。先だっての厚木のどしゃぶりの中でやったショーのとき、必死の中でねじが一個ぽとんと落ちて、風が回り始めた気配がしたので心配はしてない(たぶん)。こーいうのって、本人の気づき以外どーしようもないことだしねえ。
いっぺいさんのショーは笑った笑った!
写真。背後に、手前にいる子どもたちが投げた自分たちの靴が散らばってるの、わかる? このあと子どもたちは靴下のまま、ここをぐるぐる走り回ったんだよ!
なんかね、居合わせてたみんなでホームパーティーしてるみたいな感じだった。
めりちゃんは、
大道芸のカンドコロみたいなことを少し取り戻してきた気がしましたよ。「すごい」とか「きれい」とかよりも、初めましての方たちににこにことご挨拶するみたいな?
ただていねいで一生懸命であるよりも、少し破れて壊れたあたりにその人らしい魅力は香り立つ。
でも自分のまじめさを乗り越えて、すこーん!と壊れてみるってどういうことなのか、こだわりを捨ててみるって、「いい加減」ってどういうものなのかって、すごく難しい。少なくともわたしには。
大道芸が終わったあと、合鴨のつくねをかじりながらショッピングエリアを少しぶらついて、
荻窪へ。
そりゃひとみんと一緒なのは、神社めぐり。本日のスペシャルは、お神楽!
わけがわからないまま、夜の寒さに震えながら次、次の演目を待っていて、気づく。
お神楽というのはお行儀よく待って、お行儀よく観るものではないのかも?
合間に近くのお蕎麦屋に駈け込む。最初の一口、あったかいものがからだに落ちていくのを実感~
お神楽は、お能と狂言と歌舞伎が入り混じった演技でした。写真は「巫女舞」。
ちょっとうむむ~となったシーン。大黒様が駄菓子を撒いたとき、われ先にと拾い集める人々の様子があさましくてイヤだった。(ひとみんもわたしも、そういうとき茫然としてしまうおっとりさんなんですwww)
今はいつの時代なんだよ~ 生存競争の強い土地柄なのか?
わたしの足元に落ちたのを拾おうとしたらオバサンにかっさらわれたし、子どもめがけて投げられたものをオジサンが手をのばして横取りしてうれしそうだったり。
ということも含めてのお神楽の風景。
たとえば明治時代の人たちにとってのお神楽はなんだったんだろう?とか、お神楽と大道芸の通じる部分は?とか。そういう妄想をいっぱい語り合いながら、帰りました。