大河ドラマの『江』を見ていて。
(いろいろと言われてますが、わたしは楽しく見てます!)
(市村さん、素晴らしかったし)
(もっとも予算の無さが知れて、時々泣ける。 ギャラ?でいくら消えてんだよと思ったり)
で。
羽柴秀吉の紋が五三桐なのが気になった。 秀吉と言えば五七桐のはずだが。
で調べてみたら、
信長から五三桐を贈られている時期に当たるので、正解なのだった。
このあと朝廷から五七桐を贈られるらしい。
番組の予算が少なくても。
信長の馬比べなんて、あまりに貧相な美術で泣けてしまったけど。
こだわるところにチャントこだわっている!!
やがて時代の流れとともに、さりげなく五七桐に変わってたら
きゃーっと、感動すると思う。 (マニアックですね)
*
もうひとつもNHKなのだけれど、タイトル忘れました。
夢野久作の父親と本人と息子の再現ドラマ風のドキュメンタリー(になるのか?)
あの作品群を書いた人が、こんな人生を送ってたのかと。
もうびっくり。
あらためて全作品を読み直したくなった。
で、これは読み直してみてからでないと言えないのだけれど、
最近、池波とか遠藤周作とか読んでて、
この世代のオヤジたちのステロタイプな男尊女卑は、本人たちの意思ではなくそーいう時代だったのだからと考えるべきなんだろうなと思うことにしたのだが。
もっとも遠藤周作はキリシタンだから、イブの原罪のこだわりがあったのかな。
それより!
それより昔の夢野久作は、それより昔の男なのに、九州男児なのに(関係ない?)、
女性をとても大切に描いてたのでは?という印象がある。
日本の男尊女卑史というか、大正と昭和では扱い方が違っていたのかな。
人間そのもの、命の重さも違うのかもな。
いや、でもこの読み直しは、わたしの優先順位の中ではかなり先になりそうです。