あとりえあげん

劇作家・ミュージカル関連のコミックエッセイスト・多摩美校友会理事 活動ベースは三軒茶屋ですが八ヶ岳の別荘で在宅介護はじめました☆

[ブログ版] 世田谷区三軒茶屋で隠居してます。ときどき劇作家。HPはコチラ http://agen.web.fc2.com/

能面を見る

『能面・能装束展』 大倉集古館  2010.3.10.

平日ゆえ、館内がいい感じに空いていたので、他の方の邪魔にならないように。
ひとつのオモテを見る角度を変えたり見る距離を変えたり、
あっちとこっちをうろうろと比べたりと
能面というものを気が済むまで、好き勝手に眺められました。

あとは一回、手にとって見たいなあ。 ガラスケースごしでなくて。
重さと、できれば、あの裏穴から世界を覗いてみたい。

  

よく言われるのが、オモテは見る角度によって表情が変わるということですね。
えっと、お札を折って人物を笑い顔にしたり泣き顔にしたりして遊ぶでしょう?
あれと同じ理屈だとわかりました。
正面から撮った写真だけではわかんなかったぁ。

まずわたしは、小面の顎の造形に不自然を感じたのですが、
これは頬にかけてをぎゅっと奥に低くしてあるためでした。
つまり、口の端も一緒に低くなる。
これで何が変わるって、まず、横顔における口が大きく見える。
ええ。
オモテから少し離れて真横から眺めながら、そのオモテを覗き込んでいるおじいさんの横顔の口の見え方と比較しましたから、確かですよ。
もうひとつ、山折りに横一文字に口が引かれている造形とイメージしておいてください。

そして目。 細いながらも、ギャル顔負けのアイラインがくっきりと長く引かれています。
顔の側面にかけてね。
瞳孔はちょうど、アール(カーブ)に位置するように。
このことで横顔における目の分量が際立つことと、
もうひとつ、山折りに横一文字に目が描かれている造形になるわけですよ。

ね。 お札に描かれた肖像画の両目を山折りにして、上から見たときと下から見たときと同じことが起きてるわけで。
神秘でもなんでもない。 ただ、実にすごい作為です。

作為に関しては、その他、もう、気付いただけでもいろいろあって。

あどけない童女の顔をした、でかいオモテがあって。
でかいのは、たぶん演者の顔を覆いたいからだろうな。
で、どうしてるかというと、まず目の位置を低めにしておでこを強調し、(幼児の配置)
尚且つ、目鼻口を顔の中央にぎゅっと寄せることで処理している。
比較するものが何もない舞台の上で、だぼだぼに衣裳を身につけたら、
完全に幼女の造形になるんだろうな。

まいっちゃうよねえ。

 

能面って写実ではなく、デフォルメされた人形面であるわけですが。
ってか、お能そのものが、
現代における、コスプレとかフィギュアとかに通じる感覚じゃないかと思い始めてます。
関係者さんに怒られそうな考え方かな。
仮面劇というより、人形劇?
肉体の持って行き方は、コンテンポラリーダンスに近いみたいだし。

面をつけて踊る、ということに関しては、うまく言葉がまとまらないです。
高い精神性を伴う、でもコスプレであることは確か。
不細工だが柔和な、破顔の極致であろう翁のオモテに似合う、肉体の作りかた、気持ちの作りかた。 うまくできたらエクスタシーだろうなあ。 うまく、できたら、ね。

 

女という生き物の分析。 持て余したり、付け入ったりの男の視線。 各種の美女たちのオモテを見ていて、そのへんも楽しかった。
意匠していた面打ち師たちも、楽しんでたんだろうな。

スペシャルは。
本面(原本)についた傷をも再現したという若い女のオモテ。
その傷というのが。
白い肌に残る微かなカサブタにも見えるし。
細い縄目の跡、にも見える。 ふはははははは。
誰だ、能は幽玄だなんて言ったのは!!!