久生十蘭(ひさおじゅうらん)という作家の名まえは、大好きな夢野久作の周辺でよく聞いていたのだか、つい先日まで実際に読む機会がなかった。
並べて語られていたので同世代だと思いこんでいたが、久生は戦後も執筆していて、そりゃ作風が垢抜けてて当然じゃん!並べて語るか?と、夢野贔屓を引きずって少し不機嫌になる。
とは言え。
久生のスッキリとお洒落で皮肉な表現や人物描写には、くらくらと逆上せた。
好きだな、ということを言えば。
最近、いろいろと本を読み流しているなかで、わくわく、しみじみとするのは結局、ル=グウィンや上橋菜穂子の女性の書くファンタジーだと気付く。
うまく整理、説明されていて心地よいのか、追い詰められた健気さに憧れるのか、その辺の分析は、まだ、ね。
で。 同じ頃に読んだ好きな作風だからと並べて語るのも乱暴な話なんだけど。
あああ!と思ったのはね。
たとえば久生の作家としての情報は、たぶん、本屋と古本屋で出会う本と、封切られている映画と、周囲の仲間や編集者の話題ぐらいしかなかったんだよねってことで。
それでも、昭和初期に九州で書いてた夢野に比べて、描写が映像的で鮮やかで、文化の流れに敏感だと思う。
たとえば上橋菜穂子は学者さんとはいえわたしと同世代だから、似たような思考・程度で小説、コミック、アニメ、TV、映画、DVD、ゲーム、インターネットなどのシャワーを浴びて、作品を書いてらっしゃるわけで。
だから独自のイメージの奥にある、元ネタの共有感というか。
アニメか映画のカット割りみたいな書き方や、シーンの引っ張り方もされてて。
作家として、どっちが幸せかという比べ方は、できない。
久生のスッキリとした作風の独特の色合いは、誰にも似ていない。
上橋の世界を裏付ける学問、資料、イメージの膨大さは、たぶん凄まじいレベル。
でも久生の没年と上橋の生年は5年しか差がないんだよ。
それに気付いたときに、ね。
この情報量の差は。 なんなんだか、と。
まあ。 似た話かどうかわからないけれど。
226事件のとき、帝国ホテルのシェフたちは目の前で何が起こっているのか全然知らなかったっていうよね。 なんかわかんないけど雪の中で兵隊さんたちが大変そうだからカレーライスを振舞って、感激されたってエピソードがあるでしょう。
昭和11年の情報(新聞、ラジオ、口伝……くらいか?)のスピードとか、内容量とかそんな程度だったと気付いたときはショックだった。
今のわたしたちの生活パターンで過去を切っても、理解はできない。
だから戦前、戦中の世論とかについて語るにしても。 いかに少ない情報、価値観の中でだったか想像しなきゃいけないわけで。
逆に。
情報にまみれているわたしたちが失っていくものとか。 見極めとか。
今でこその、何か、とか。 もっと神経を払わなければいけないのではないか、と。
何故なら。
久しぶりに新しいゲームをしてくらくらしたのは、瞬間に読み取って反応しなければいけない情報量の多さで。
最初、今の子どもたちには、その能力があるんだと思い。
では自分はどうしたかといえば、瞬時に読み取る情報と捨てる情報の区別がつくようになって、ゲームに対応できるようになったわけで。
つまり今の子どもたちにある能力は、そっちで。
では切り捨てている中に、大切なものはないのか?とか。
不安。 ……暗闇だ。 大丈夫なのか?
しかも渦中だからこそ、自分たちには見えていないんだろうな、と。
それが笑い話になる時代に。 自分はまだ、いるのだろうかと思えば。
今はアナログに目を凝らして、自分の鼓動に耳を傾けるしかないのかもな、と。