あとりえあげん

世田谷区三軒茶屋で隠居してます。ときどき劇作家。 HPはコチラ http://agen.web.fc2.com/

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「春琴」を観た

                       2008.3.1. 19・00〜 SePT 

地域のWSが終わってこれから3階の当日券に並ぶと言ったら、「あ、大変かも」と言われる。 「萬斎サンのポストトークの回だよ」
ほんとに。 
客席には萬斎サンも蜷川さんも、あれは平サン?もいらしてる。

あれ? この前立ち見したときと同じ位置だ。 
ところで当日立ち見組は、特に会話したりするわけでもないけれど、独特な連帯感みたいな風がある。 ちょっと気遣いしあったりして楽しい。

サイモン・マクバーニー演出。 谷崎の「春琴抄」と「陰翳礼賛」が原典。
いろんなものがあいまいなまま、蕩けあっている。

もしかしたら実験的な舞台という人もいるかもしれないけれど、
わたしの好みではこちらが演劇の基本になってしまったなあ。
素舞台で肉体表現と象徴的な小道具を使って空間を立ち上げていく。

映像がどこまでありか?というのは、いまだ迷う。 舞台美術と照明の延長線上の表現なら受け入れられる。
でも空間ではなく平面としての映像は、……どうなのかな。

日本人ではない演出家ゆえの視点にハッとする。
畳の使い方。
幾何学的な平面とぼんやり丸い光源の緩さとの対比。 (これはポストトークでの受け売り)
着付けに簡略帯を許してしまうのは、ユルい気がする。 (これはわたしの印象)

耳にした噂では、仕込み1ヶ月、テクニックリハーサルが2週間で、ゲネプロなし即プレビューだったかな。(ちよっとアヤフヤ)
なんだ、それ?と思ったけれどね、
ポストトークの話題では、10年前に年1回でWSが始まったとか、萬斎サンも2年前のWSを覗いたときにはネとかおっしゃるし。
時間をかけて肉体に共通言語としての感覚を落とし込むってことを意識させられた。 それを通過すると、何をやっても(ってワケでもないだろうけれど)、集大成になるのかもなあ。

春琴抄も、高校生の頃はわからなかった機微が見えて、エロい。
いや、高校生の頃もエロエロで耽美で残酷なことはわかっていたんだけれど。
そのエロエロが短い端正な文章で書かれていることが、すごいな谷崎!って感想だったと覚えているが。
目の前の実空間で表現されていることが、新しい感覚として伝わってくるんだろうか。

佐助、よかったなぁという感覚は、初めて持った。 幸せだったねえ。

っていうか、こんな描写があったっけ?が多いから、終演後にロビーで原作本2冊買いました。
なっちがあちこち本屋を探したけれど買えなかったとブログに書いてたので。
(おーい。 谷崎を廃れさせて、何が日本の文学だっていうんだ?)