あとりえあげん

劇作家・ミュージカル関連のコミックエッセイスト・多摩美校友会理事 活動ベースは三軒茶屋ですが八ヶ岳の別荘で在宅介護はじめました☆

[ブログ版] 世田谷区三軒茶屋で隠居してます。ときどき劇作家。HPはコチラ http://agen.web.fc2.com/

誰かの夢かも

この一週間は、ある台本の第二稿と向き合ってた。第二稿というのは、最初に書いた原稿をブラッシュアップすることで、つまり上演にむけてようやく進みだしたことになる。

 

読み返してるうちに、ひとりの女子の存在感がどうにも弱いなと思う。ほかのコたちの受けに回ってしまっている。

なので昨日はほぼ、そのコについて考えていた。

 

 

役者や劇作家の初期マニュアルによく「その人物の履歴書を作れ」というのがあるけれど、わたしはあまり支持していない。わたしが探りたいのは、その人物ならではのこだわりや悩み。このお芝居に登場するまでの時間、何を感じ、考えていたか。(履歴書のその奥って捉えれば、履歴書も無駄ではないけれど)

 

ちなみに、最近の14-5歳の女子を描くとき、40数年前の自分の経験は、ほぼ役に立たない。感受性はそう変わらないけど(あの頃は特異だったわたしの感覚が、今の平均値に近いという意味では、時代は変わった)、特に社会的な考え方や行動は、自分の大学生くらいの感覚に近いんじゃないかと考えてる。

たぶん、そのアンバランスが魅力なんだろうけど、自分の線上にいる分、客観性がむずかしい。

 

 

かの女の立場でこだわったであろう切り口を見つけて、原稿に手を入れる。が、このコのお話はまだまだこんなんじゃないはず!のレベルでしかなく。

まだ今も、外出したりほかの本を読んだりしながら、ずっと、ぼんやりと、考えているわけで。

 

 

ゆうべ、寝返りをうちながら、ふと思ったんだ。

こうしているわたし自身の人生も、もしかしたら誰かが描いている一瞬のイメージなんじゃないかな、と。世界は入れ子

意識の奥でなにかの深淵に触れた――