あとりえあげん

世田谷区三軒茶屋で隠居してます。ときどき劇作家。 HPはコチラ http://agen.web.fc2.com/

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ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018 『T232』

www.lfj.jp

 

セブンイレブンで発券してもらったチケットのタイトルが『No.T232』なんだってば!

多会場多演目を仕切るには、仕方のないアイディアか。

 

公演(作品)のサブタイトル?は

『夜と霧~迫害された作曲家の作品とともに~』 

@芸劇シアターウェスト

 

クラシック音楽のフェスとしては、ちょっと異色の、

 

田中圭介くんが構成・演出。(←友人)

古館寛治さんがフランクルの『夜と霧』を朗読(今回の一番のお目当てはココ!)、

芸劇のアカデミー生(キャリアアップ・ゼミ)による木管五重奏+ピアノで、強制収容所に連行された作曲家たちの4作品を、演奏。

 

緊張感とやわらかさのある、とてもよい時間でした。

 

古舘さんが出だしで「アウシュビッツだ!」と読まれたときの、単語と、声の持つ強さにビビりました。

音楽という抽象表現だけだと、観客それぞれの感性にイメージがゆだねられるように思うけれど、言葉が、それもかなり強い単語が発せられると、観客の間に一種の共通性が走った気がする。

それが現代音楽と呼応して、観客それぞれの感情は揺らぎ、遠く想いを馳せ、

また言葉に戻り、

しだいに美しいナニカ(フランクルの祈り?)に結晶していったと思います。

音楽だけでも、朗読だけでも、ここには届かなかった!

 

演劇リーディング公演も、このくらいゴージャスだと楽しそうだな。

ナマ演奏、最強!

 

 

さて。

途中、遅れていらした高齢者の方がぶつぶつおっしゃるのが、かなり長く客席に響き渡り、こーいうの難しいな。

料金を支払った閉ざされた空間内が、「誰にでも開かれた場所」であることを、クラシックファンは嫌いそうだな。や、わたし自身もちょっと、勘弁してよ~な気分になったし。

せっかくの緊張感をぶち破られて、演出家によっては怒り狂うタイプもいるだろうな。

ただ、それも含めてライブだとも言えるし、

いやいや、客席ではそれなりの礼儀もコントロールしたいよね~とも言えるし、

落としどころ、わからないわね。正解がひとつではないことは確かだわ。(ケースバイケース)

 

ただ、そのとき、、古舘さんとクラリネット奏者がそれぞれ、強めに、客の注意を自分に引き寄せる気味に演じられたのが、緊張の糸をつなぎ、つなぎ、してて。ステキでした。

うん。押し付けるのではなく、引き寄せる感じ。観客の意識を、演者に添わせて集中させる感じ。

だからあのノイズも不快にならなかったのかな、とか。

 

 

 

そして、あれからズット考えているのは、

メシアンという作曲家は、収容所でも優遇された環境で。ほかの音楽家が演奏できるように作曲が出来、そして5000人の収容者にその曲を聞かせる機会をもてたそうで。

という曲が、

暗く神経質でデリケートだったの。(もしかしたらメシアンが、もともとそういう曲風なのかもしれないけど)

5000人の収容者は、あの曲に静かに共感したのだろうか。わけもわからないまま、ただ精神の潤いとして受け止めたのだろうか。

たとえば、ほがらかな曲だったら、場違いでしらじらしかったのか。

 

感情を凍結させるような極限状態の魂に響くのは、どんな曲なのだろう。