ツアー解散のあと、プロデューサーから「今回は大変だったでしょう」とねぎらわれ、たいへんだったよぉ~ と、チョット泣き言を漏らしていた。
「そうかそうか」とハグされて。
ここには書けないことを、橋本Pとお手伝いのようちゃんに聞いてもらって、笑い話にした。あははは。
楽しい仲間たち☆
人知れずなこと?がいろいろあったが、無事に終えられてよかったです。
今年もヘブンアーティストの被災地支援@福島 のお手伝いボランティアをさせていただきました。
お手伝いの話がふられたのも直前の突然で。いろいろばたばたもしましたが(関係者各位と言っても身内ですが、ありがとうね~!)、行かせていただくことが流れだと、途中からハラを括った。
震災から今まで。
東京都から大道芸を被災地にお届けする形をとっていましたが、
今年は福島の避難指示解除後の各地の「夏祭り」に参加する形になり、イレギュラーなことが続出。
そのせいか、
ばたばたと歩き回る(年齢的にもう走れないもんwww)ことが先に立ち、あまり記憶が残らなかった?という旅でもありました。
各町村、帰宅者はまだまだ100人200人レベルです。
でもね。お盆には、みんなが「帰省」する。祭りを通してふるさとを味わう。
そんなイベントに少しでもと、にぎわいを添えるのが今回のお役目でした。
蝶々をね。いっぱい見たよ。人懐っこくまとわりつく、お盆にたくさんの、蝶々。
橋本Pはそれだけで「そうかぁ」とわかってくれました。
「大勢がなくなったからなあ。みんな、帰ってきてるんだなあ」 うん。
お天気は全日、かんばしくなかった。けど、ショーの間だけ、雨は止む。必ず。
そして橋本さん曰く「許されている。呼ばれている」
うん。
こういう言い方が許されるのかわからないけれど、今は亡き大勢の祈りと、芸能の神さまをチョットだけ感じた。この旅。
さて。
一番の難問は、、、、、、お土産が買えなかったことか!
道の駅にも行ったけど、次の会場にバスでダッシュ!だったから買う暇なく。結局。最終会場のイオンのスーパーで、それらしいのを買った。あれ?
次の難問は、待ち時間が多かったこと!
過去のツアーではありえなかった、イベント会場での楽屋待機。
ちょろっと準備中の会場を回ってみるけど、時間を持て余す。持て余す。と同時に、だから要求される雑事も派生してくるんだけど。
いつになく、現場からインスタ/ツイッター/FB(インスタ以下は連動)に投稿した。でもそんなんだから、こういう写真ばかりで。
初めてのベーコン串とか。
芸人のユェさんに買ってもらった!とか。
やーん。まるで遊んでばかりみたいじゃん! 変だなあ。。。
宿でインインとツーショ。なんだ、このJKぽい撮られ方。(しかもスッピン)
ちなみに、宿の四人部屋の三人がTOKYO雑技京劇団で、北京語?でした。や、何話してるのかわかんないって。でもなぜか、ガールズトークで盛り上がる。
でね。「あげんさん」より「のりこ、のりこさん」のほうが発音しやすいんだって。「のりこ~」と呼ばれるたびに、チャイニーズの友人(10か月一緒に暮らした)を懐かしく思い出したよ。(依依は上海語だけどね)
去年、福島に来たことはスゴク衝撃だった。この一年間(発表予定のない劇作を書きかけては崩し、を通して)そればかり考えていたとも言える。
百年かけてイバラを乗り越えるのだな。そんな印象だった。
(↓↓ これね)
今年感じたキーワードは「祭り」と「ビルド(建立する、組み上げる、構成する、あたりの感覚?)」でした。
特別じゃない。よくある、日常の延長を感じたんだよ。日々は未来につながっていく。
思うんだけれど、今年お話した現地の方たちはほぼ、イベントの関係者やお祭りに来た人たちで。「被災者」さんではなかったから。
感じるべき何かが、滑り落ちてしまったのかもしれないのかな。
(つづきます。次はショーについて)
(いろんな事件については、その都度ね)