ホントウに唐突に。
小学校高学年の頃は、シュバイツァーみたいに医者になって僻地に、アフリカは無理だけどアジアのどこかに、献身したいと思ってたことを思い出しました。
てへへへ。そうなのですよ。
中学に入ったらストーリーまんがを描くことに目覚め、超熱心な友人たちもできてしまったので、お医者になりたいだなんてすっかりと忘れてしまいましたが。
ひとつには、
最近めっきり聞かない名まえだな?とも気づき、
なんでだ?とネットで調べてみたら、時代で変わる価値観の中での評価が難しくなっているようなのでした。
郷に従わずに、食文化や価値観をスタッフや地元民に押し付けてたとか、
治療としてすぐに患者のからだを切り刻んでいたとか、
でもねえ。当時の西洋文化、西洋医学の正義はそうだったんだから仕方ないじゃん。
さて。
過去の自分の気持ちをなぞるためにはどうしようかと考え、
子供向けの伝記仕立ての本(古本)を取り寄せてみました。(できるだけ古そうな格調のものを選びました)
懐かしい昔風の文章なのだけれど、奥付を見ると案外新しい。著者さんが亡くなったずっとあとの日付ってくらいに新しい。
思うに、
前述の評価問題を念頭に、ほかの人が書き換えている印象でした。なによりタイムラインがぐちゃぐちゃでね。ひとりが心を込めて書いた本ではありえない。
これを読んだ子どもは残念な印象しか持たないかもなあ。
ところで文章は、昔読んだ記憶のある部分とない部分があり、
いくつかの好きだったエピソードの記述がないので、自分が読んだのは別の文章だなと思う一方、
幼少期のかれが博愛に目覚めていくエピソードの積み重ねは、そうそうこれこれ。わたしのベースをつくった一端そのものだわ。とか、
まあ、シュバイツァーの著作をもとに子ども向けにかみ砕いて書かれた本は、どれも似ているわよね、きっと、とか。
まあ。どうでもいいことか。
と書いたけど、
画像検索使って、自分が読んだであろう古本に目星をつけてしまった。今。
なんとなくだけど、たぶん、これだな。
え、買う? どうする? えー???
最初から、これを買えばよかったのに。
自分の博愛傾向は、性的マイノリティのバリエーションか?と最近考えていたのだけれど、このへんがバイブルな気がしてきた。
そんな読後。
あー。仕方ない。もう一冊、買おう。
続きます。