あとりえあげん

世田谷区三軒茶屋で隠居してます。ときどき劇作家。 HPはコチラ http://agen.web.fc2.com/

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表現の反骨

引力の法則ですかね。
『笑いの大学』についてぼんやり考えていたら、友人が映画についての感想をつぶやいてた。
わたしの発想と関係するのかどうかはわかんないけど。 
 
 
 
えーと。
 
表現者として、秘密保護法案の反対運動のお誘いがあったりするわけですよ。
反対はごもっともなんだけれどね。わたしには違和感がある。
 
だってね。
わたしは誰かのルール、社会のルールのもとで表現を選ぶ気はないので。
世の中にどんな法案があろうとも、関係なくない?
 
自分の信念が正しければ、それはどんな状況でも正しいはずだし、
生活をイノチを賭けられる、はず。
 
 
で、『笑いの大学』です。
表現者としての戦い方ってのは、アレでしょ。あーでありたいわ。 
 
 
 

諸外国から押し付けられてるTPP。
今さら、みんな何を言ってるの? 自民党を選んだ時点でこうなるってわかってたでしょう?
それに最終的に選んで買うのは消費者でしょう? そこでの抵抗はできないの? 

とか思ってたんだが、 
フト見た国会中継で、維新の会の元トレーダーさんだかが、
円安を操作すれば関税分なんて消せるでしょう?と指摘してて、笑った。
 
 
 
逃れられない問題の抜け道の発想。

 
 
 
 
さっきまで、映画『リリィ・シュシュのすべて』を観てました。
リアル日常の閉塞感の逃避先が、リリカルで美しくて痛ましいのだけれど、
 
抜け道の発想が貧困なのかな、日本人は。
ダメだという考えに支配されて、身動きできない自分になってしまうのかな。
 
 
12年前の映画は、現在の進化以前の人間関係でした。こんな時代があったっけな、って世界。
ただ、(よくも悪くも)もっとクールな現在の、原点だし、派生点であるって気もした。
 
 
 
 
 
 
もう12年立ったら、
今のわたしの悲痛な幼稚を、そのときのわたしは俯瞰するのかしら。
 
でも今日を、原点に、派生点にするためには、
 
ただ一生懸命に、
がむしゃらに、
もがいてるしかないんだろうなぁ。