あとりえあげん

劇作家・ミュージカル関連のコミックエッセイスト・多摩美校友会理事 活動ベースは三軒茶屋ですが八ヶ岳の別荘で在宅介護はじめました☆

[ブログ版] 世田谷区三軒茶屋で隠居してます。ときどき劇作家。HPはコチラ http://agen.web.fc2.com/

暴力(戦争)に流れるのだろうか

漠然とした「風」を感じる。
漠然としすぎて、うまく説明できないけれど、ざわざわする。
 
 
 
 
日本はここしばらく、いろいろと閉塞していた。
行き詰ってた。
そろそろ、面倒になってきた。ガマンが飽和しようとしている?
そして、

いろんな風見鶏が、
暴力だの、戦争だの、過度な自己正当化へ向き始めた気がする?
 
 
 
今、「過度な自己正当化」という言葉を使ってみて気づいたけれど、
震災後の混乱から、ずっと散見してたよな。他者への糾弾。

クールダウンの過程だと思っていたけれど、
もしかしたら甘かった?

逃走しきれないことに気づけば、次は闘争に向かうのか?
 
 
 
そして闘争を潰す(なだめる)のは、さらなる闘争なの?
 
 
 
この間、公園で。
落ち葉が敷き詰められて、とてもあたたかな風景に輝いて見える公園で。
ふと。ポケットから手を出して、しゃがんで地面に手を置いてみた。

地面は冷え冷えとしていた。
気がつくと、自分のからだもスッカリと冷えきっていたのだった。
(自分のからだが冷えていたことに、それまで気づいていなかった)

わたしは自分をほぐし温めるために、ぶらぶらと歩き出した。
 
 
 
世界をほぐし温めるってのは、いったいどうすればいいんだろう。
 
 
 
それとも、流れはどうしようもなく、ただ滔々と流れ、変えられないのか?