あとりえあげん

劇作家・ミュージカル関連のコミックエッセイスト・多摩美校友会理事 活動ベースは三軒茶屋ですが八ヶ岳の別荘で在宅介護はじめました☆

[ブログ版] 世田谷区三軒茶屋で隠居してます。ときどき劇作家。HPはコチラ http://agen.web.fc2.com/

『フェルメール 光の王国展』

くんちとデジマと三人で、銀座のフェルメール全作品のレプリカ展に行ってきました。
しかも、デジマが関連本読了直後というラッキー。
三人は中学・高校と美術班(部)で、くんちとわたしは元まんが家で。
絵の前で、もぉ、解説+好き勝手に言いたい放題。

楽しかった〜

あ。以下は、キュレーターのセンセイたちには激怒されそうな好き勝手な感想です。という前提でお読みください。
室内で乱反射する光の描写が秀逸で、静謐な日常の息遣いという味わいが、一般的なフェルメールの解釈だと思います。

 

フェルメールくんが、とても描写力があって、粘着気質で、絵描きとしては職人で、なかなかの商売人なのは、よくわかった。

問題は、
パース(遠近技術)や人体デッサンの詰めが、何故かめちゃめちゃ甘いことだ。
このテの狂いって、気になる者にはすっごいキモチワルイ。音楽でいえば、音程の芯が外れているのに上手ぶって歌われる、あの感じに似てる。

パースの狂いを、布でごまかしてたりするのが、かわいらしいと言えば、言える。
女子の髪型を熱心に描写するとき、下に頭蓋骨があることを1回でもイメージすれば、そういう落ち着きの悪い形にはならなかったのにねえ、残念。とか。

(最後には、条件反射的に狂いを見分けてしまうわたしに、「つくづく因果な眼だねえ」とデジマに気の毒がられる始末。まぁ、(過去の)職業病のうちかも?)

 

職人で商売人の絵だな、と笑ったのはね。

当時の流行でもあった、絵にこめられた意味づけとか謎解きとか。
芸術性に疎い金持ちに自分の画を買わせて、お得感をもたせる手段として、仕込まれたんじゃないかって匂いがぷんぷんなの。

まんがだったら8-16ページくらいで描くドラマを、1枚のシャッターチャンスでどう描くか?という挑戦だったり。

注文主が金持ちだと、高い絵の具(ラピスラズリ=青)を使えるわけだけど、その青が映えるように黄色(光?)の使い方を工夫してる、とか。

 

37枚を観終わって、ぐるりと見渡したとき、
ゴッホとかだと垂れ流されて迫ってくる、画家本人の内面の変容が、
フェルメールだと、全然ないんだよ。
求められた商品を、自分の満足と平行して、形にしてる。

かすかに、画家の内面を反射していた気がするのが、
真珠の耳飾りの少女」と、「天文学者」「地理学者」。わかんないけどね。
でも、絵として心惹かれるのは、コレらだった。

 

もうひとつ。うがった見方をわたしはしていて。
今回、監修の福岡センセイには、目論見があって。

状況証拠から、これはフェルメールの手によるのではないか?と思われるデッサンがあるのだけれど、それを証明するのは困難で。
たぶん、美術界は生物学者の気づきを、真面目にとりあげないだろうし。絶対に。

でも後年、何かの拍子にそれが証明されたとき、
最初に言い出したのはボクですからね!という、イベントである気が、するのよ。
ちがうかな。ずいぶん、かわいらしいでしょ?

 

ワンフロア降りると、そこではいろいろと絵の解釈や解説が展示されていて。
こんな1画があった。

2012022813310000  

つまり、この絵↓↓の風景の再現。

Vermeer  

せっかくなので、記念撮影www

2012022813320000  

連れたちは、もう少し遊びました。お着物がくんちで、窓見てるのがデジマ。
この時点では、せっかくのテーブルクロスのバミに気づかず、残念。
上の写真でわかると思うが、デジマの立ち位置もバミってあります。ぬかりないわね。

2012022813340000  

 

予定としては、渋谷に行って、
別のフェルメール展(手紙ネタのホンモノが三点来てる)まで足を伸ばすはずだったが、
や、チケット売り場までは行ったのだが、
女三人のカシマシイおしゃべりが過ぎて、遅くなりすぎて、
閉館までの30分で41枚の観賞は無理だろうと、断念したのでした。

で、会場前のドゥ・マゴでケーキセットを。(おしゃべりはまだ尽きぬwww)
頼まなかったけれど、
フェルメール記念で、チョコケーキには砂糖で作られた手紙が乗っているんだよ。

さて。
銀座でランチに始まって、
しゃべりながら展覧して、
お茶して、
渋谷に移ってイタメシして、
締めがケーキ――

足も口もおなかも、お疲れさま! 愉快な1日でした。