あとりえあげん

劇作家・ミュージカル関連のコミックエッセイスト・多摩美校友会理事 活動ベースは三軒茶屋ですが八ヶ岳の別荘で在宅介護はじめました☆

[ブログ版] 世田谷区三軒茶屋で隠居してます。ときどき劇作家。HPはコチラ http://agen.web.fc2.com/

『エンバース』を観た

2009.11.13. 14・00〜 俳優座劇場 

当日券は下手寄りで前から2列目の席。 
客席に入るなり、朝倉摂さんの贅沢で正統で重厚な装置が懐かしくもあり、圧倒的でもあり。 座って舞台を見上げ、真っ暗な天井からクリスタルのシャンデリアが下がっている美しさに、涙が出てきた。 
わかる? 前から2列目に座って、照明のバトンが全然見えないんだよ。 バトンの間ごとに丹念に黒布が吊るされてた。 
金を惜しまず、ただ美しさを追求し、役者の登場を待つ装置。 世界観を支える装置。

逆を言えば、この装置に応えられるだけの、芝居。 役者陣。 照明。

 

登場する役者さんは3人だけ。 しかも台詞の9割は、長塚京三さんの問いかけと描写と分析。 そしてお三方とも、「芝居」はしていなかった、と言うか。
年老いて痛む身体と、キツイ酒の酔いと、その役のそのときの感情を感じながら再現しながら、そこにいるだけ。

問いかけられる役の益岡徹さんが、言葉を発しようと息を吐く瞬間、都度、長塚さんの台詞が被る。 その呼吸の緻密さ。
台詞を受けるだけの益岡さんの中で揺れ動いている感情。 

最初と最後とだけに登場する91歳の乳母役の鷲尾真知子さんの、すばらしい造形。

キリキリと濃密な時間。 流れる台詞。 終幕のカタルシス。 こんな空間、久しぶりです。
正統な演劇の真の醍醐味です。

 

長塚さんがときには微笑みながら、ときには冷静に、熱く。 語るほどに、語るほどに。
そんな描写は一斉ないにも係わらず、この男の果てない孤独に胸が痛くなってくる。
孤独と誇り。 不器用。

そしてこの長い長い時間は、益岡さんが最後に発する「yes」のためだけにある。

わたしは素直な人間ではないので、益岡さん演じる役のその答えが、偽りない「yes」であるか疑わしく考えてしまう。 かれの現在の暮らしについて多くは語られていないので。 おそらく長い時間は人を変えていると思うので。 でもかれはそこで心底「yes」と答える。
過去に囚われている友人のために。

その瞬間、世の中のすべての罪が赦される。 そんな印象の。 

16日まで、です。