あとりえあげん

世田谷区三軒茶屋で隠居してます。ときどき劇作家。 HPはコチラ http://agen.web.fc2.com/

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「エキスパートレクチャー2007」を観た

                 2007/11/10 10・00〜 神奈川県立神奈川総合高等学校

高等学校の行事というのは、朝が早い(↑)というか。 神奈川/東白楽 だし。
せっかくの土曜日だというのに、会社に行くのと変わらない時間に起きる。 シバレル雨が降っている。
上着のボタンをあわせて、マフラーをぐるりと巻く。

メルマガには、そこで新作を踊るって書いてあったよと尋ねたら、
10分くらいだし、新作ってほどのものじゃないからと、キムさんは言う。
レクチャーのついでに、どうせだったら生徒たちに音響や照明の使い方も教えようかなと思ったら、即興じゃない10分の踊りが必要になっただけで。
うひひひひ と、わたしは笑う。 でも新作だ♡

前回のレクチャーで、もうご自分で振付けたものは踊らないんですか?と訊いたら、
新作は創らないと応えたダンサーが、だ。 わたしがちょっとムクれて「踊って」と言葉を重ねたら、即興はするかもしれないけれどと小声でつぶやいたダンサーがだ。

最近のキムさんは、神奈川あたりでユースのワークショップに力点を置いている。
唯一、一般客を締め出さなかったのが、今回のレクチャーというわけで。
ただしこれも、メルマガでしか提示してないらしく。 

校門には「関係者以外は立ち入り禁止」と書いてあり、通過するだけでちょっとどきどきする。
うわあ、なんて贅沢な空間を抱え込んだ高校なんだろう。 グランドの向こう端(短辺)までの距離だけでも、めまい。
ざんざんざんと雨が音をたてて降っている。 正面の大きなハザードの下でキャッチボールをしている部員たちの、ボールを受ける音が重い。 その重い音だけで、この高校が教科書以外の教育に熱心であることが伝わってくる。

多目的ホールも、すっごい充実した設備だ。
でもトイレは笑っちゃうほどそっけないつくりで、あああ高等学校なんだなと思う。 音姫がついていたから、そっけないと言ってはいけないか。
すれ違った女生徒がさらりとわたしに会釈する。 かわいい。

がらがらの広い客席の、一番好きな場所に座る。
緞帳の向こうで、とんっと床を踏む音がする。 あ、キムさんが動いているなとわたしは耳を傾けて、待つ。

計算されたきれいな照明を受けて立つキムさんと、久々に出会う。 からだの中に光が宿っているよう見える。 迷いも妥協もなく、自分のからだと遊びつくした結果。
挑戦されているなあ、と思う。
オレはここまで「辿り着いた」よ。 
で、これを観たあなたは? あなたはここから、新しい何を造り出せそう?

もちろん敵わないことはわかっているが、敗北感はない。 アートだからね。
静かな気持ちで受け止める。 そうだね、わたしはどうしていこうかなあ。 どうしようかなあ。
あせりとかは、あんまりないのね。 (よくないのかもしれないが)
わたしの今までの人生が、なるようにしかならない、だが、なるようにはなる、と教えるので。

最初と同じ動きに深紅の照明を当てたラストシーン。
思い浮かべて、ふたつのことに気付いた、たった今……。
ひとつは言葉「人は誰もが、血まみれになって生まれてくる」
もうひとつは、……秘密。 思い過ごし、だと思うので。 きゃは♡

 

後半は生徒対象のワークショップ。
わたしが初めてキムさんと出会ったのは、7年前の稽古場公開という形のレクチャーで、
衝撃的なひとめ惚れをしたわけだけれど、
その稽古風景との再会です。
生徒たちが自分なりの表現を次々と開放させて、ときには他の人との関係性を強く意識しながら、楽しんでいるのがわかる。

それと対象的だったのが、最後にダンス部顧問の先生がなさった、コンクールで勝ち上がるためにはどうすればいいのか?という質問で。 
時間制限の中でのテーマの表現だの。
そりゃ、先生だってサラリーマンとして結果を出す義務があるのだろうが。
同レベルで語ることかどうかの気付きはなくて。
(キムさんは、生徒たちの前で先生の価値観に疑問を提示するわけにもいかず、ボクのスタイルはこの通りですからとかナントカ、お茶を濁してた)

キムさんのワークショップを学校のカリキュラムに組めたら、日本人は別の民族に生まれ変われるかもしれないと思う。 自分との対話、他人とのコラボ。 比較も勝ち抜けもない。
今の体育という学校教育は、戦時中から続くマス行動の強制と体力づくり、全国一律の兵隊づくりなのでしょう、未だに?

父に「学校を創設する」条件を尋ねたことがある。
まず、設備。 教員の確保。 学校を創るものは理念ではなく経済なんだよ、と。

……難しい……。
ただこれが、日本人が無意識に要求しているコトだったら、このテのレクチャーの需要が少しずつ増えていくはずなんだろうな。
日本の改革はたぶん、気が遠くなる時間の中で序々に現れ、消えていくんだろう。

 

終了後、のりちゃんに声をかけられる。
(今、軽くめまいを起こした人もいるかも知れないが、わたしはおもしろがってかの女をそう呼んでいるのだよ。 かの女はわたしを、そう呼んではくれないけれど)
あ、さっき後ろの方の席からキムさんに質問してたの、あなたの声だった?

のりちゃんもキムさんのレクチャーで知り合った。
バレエ関連のライターさんで、だから「批評講座」というのに惹かれて参加して、実はいまだにキムさんのダンスを「作品」として観た事がない。
今日だって不幸(?)が重なって大遅刻しちゃたんだって。 悔しがること。
ワークショップはむちゃくちゃおもしろかったねえ。 
きっとわたしと同じコースで、稽古風景を知ってから作品と出会うべく運命が決められてんじゃないの? 
そ、そうかなあ。

ライターとしての惑いがあるのりちゃんは、わたしの言葉をすごく欲している。
(以前にも書いたが、わたしのこの世での一番のスタンスはつくづく人に言葉を与えることらしい)
今日だってホントを言えば、
どこでわたしと会える?って話になって、わたしがこのレクチャー/メルマガの内容を転送したのだ。

今までは、殻を破る、ルールに縛られないが主だったけれど、この日のおしゃべりではもっと社会的意義な視線を持ってみると、って、ちょっと流れが変わってきた。
のりちゃんと話すことは楽しい。
開放されていく人を見るのは好きだな。
そしていつかかの女は、バレエやコンテ(コンテンポラリーダンス)へのわたしの導き手になってくれるんだろうな。 

笑笑っ。 わたしも見返りなしで人に親切しているのではないのね。