あとりえあげん

世田谷区三軒茶屋で隠居してます。ときどき劇作家。 HPはコチラ http://agen.web.fc2.com/

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美術館めぐり

「めぐり」って言っても、2箇所なんですが。
GW、山梨の家に滞在中のナカ日、あっちとこっちに行って来ました。 (ただし両方とも、お近くというほどお近くではない) 

安曇野ジャンセン美術館』

Ajm1 以前サイトをうろついていたら、わたしの大好きな画家さんのミュージアムが日本にあると知り、それはびっくりしました。
かれはちょっとマイナーな存在だとずっと思い込んでいたので。

山梨の家から、車で中央高速を1時間半くらい北上して、安曇野へ。
道に迷いながら(父のアウディには、ナビがついていないゆえ)、到着。
いやあ、地図からいろいろ推測するだの、その辺の人に道を聞くだの、実に懐かしい行為をいっぱいしました! しかも安曇野のおにいさんたち、粒ぞろいのハンサムさんだった(偶然?)。

Ajm2そうか、と気付いて、ジャンセンのいろいろな絵を見ながら自分がチェックした点(見所)を父に解説する。
色の使い方、ゆえに光の表現がどう見えるか、画材の選び方、紙の選び方、素材感、構図、
絵のモチーフの解釈、表現の仕方、
デッサンではたとえば、くるぶしとかひじとか、骨と皮膚の接点の描写が実にチャーミングであるとか。 

そして
わたしはジャンセンのこんなに初期の絵を見るのは初めてで、たぶんピカソ(青の時代)の影響から始まっているんだと改めて気付く。 気付くと、ごく当たり前なんだけれど。

ミュージアムショップでは、絵葉書を8枚と画集を1冊、カタログを1冊。
(買えそうな版画(複製ではなく現物)があったらどうしようと危惧していたが、それはなかった)
(え? 何を危惧って、あったら買っちゃうからよっ!)
支払いの際、館員のおねえさんが「もしかしたらジャンセンをご存知でしたか?」
(つまり来館者のほとんどは、やはりかれを知らないで来るってコトだな)
ええ、ずっと来たくて、ようやく来れたんです。
「まあ。 ご芳名をいただいてもよろしいですか? 企画展などのご案内を……」
記帳がうれしいナンテ!(わたしは基本、記帳嫌い) ああ、来た甲斐があった。

 

山梨県立美術館』

そこから車で中央高速を2時間くらい南下して(つまり家の近くを素通りして)、父がついでに東山魁夷展を見たがったので(ついで、か??)、県立美術館へ。
あ、じゃミレーも見れるな。 

大きな美術館なので、同時にいろいろと見たわけですが、
やはり魁夷は圧巻!

ここでも父への解説は続く。 父、喜ぶ。
漠然といいなあと思うだけでなく、
何故いいのか、具体的にどこがおもしろいのかがハッキリわかると、絵を見るっておもしろいなぁ って。

わたしもおもしろかった。 魁夷のもってるデザイン性や空気感、静かさとか。
すごい迫力だ。
色の重ね方。 実に粘着気質だね、この画家は。 そしてどの1枚にも、手抜きがない。
(ふつうは、ある)

レンガ色の微妙な色合いの差だけで描かれた、滝と紅葉と岩の絵があったのだけれど。
見ているうちに何故か、とっても気に入ってしまい、
わたしはしゃがんで、まじまじと滝つぼからこちらの、とろりとした水の部分を眺めるうちに。
とろりとした水の気持ちになってきたのだった。
何、これ?
見上げると、無音の滝のしぶきのグラデーション。
岩肌……。水に濡れながらも水を寄せ付けない頑なな、存在の、気持ち……?

憑依された。

これは、画家が憑依されて描いたから?

あわてて、他の絵を見直す。
竹のすいっと素直な様子。 根元にみっしりと散り積もった竹の葉の1枚1枚。
山、空、湖、枝。 芽吹きのひとつひとつ。
全部が主役としてそこにいる。 妥協がないはずだ。
一筆ごとの存在を、いのちとして篭めている。

これはね、
絵を描く自分だけでは、感じ取れなかった感性だと思う。
演劇の身体表現を知り初めたゆえ、得た感覚だという感動。

 

感謝。 

 
 

ミレー?
思ったほどには感動しなかったな。
テーマを主張するために描いてるってよりかは、素朴に生きることを賛美してるんだなと感じたことが、収穫。

 

(上記、わたしは学芸員ではないので、一般論とはかなり違う可能性が高いです。 ご注意のうえお読みください)