あとりえあげん

世田谷区三軒茶屋で隠居してます。ときどき劇作家。 HPはコチラ http://agen.web.fc2.com/

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「王妃マリーアントワネット」を読む

2007年、3日目です。 甲斐大泉から見る富士山は、今日も雲の中。 午後、東京に戻りました。 ハイウェイバスを使うのですが、今日は渋滞なし。 「TDV」のCD(2枚組)分の時間でした。 
会社は8日までお休み。 ですが! お持ち帰りの仕事はあるし、暮れに出来なかった大掃除はしたいし……。 ふううっ。 結局何かに追いかけられてる生活は続くのね。

でもまあ、のんびりと、いい正月でした。 うん♡ のんびりできなかった人の分まで、のんびりしときましたから♡ 

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「王妃マリーアントワネット」 上・下巻         遠藤周作   新潮文庫

ミュージカル「M.A」の原作として読んでしまいました。 
ってか、あれだけ舞台を観てしまっているから、ルイ一五世やアニエスなんかフランス人じゃなくて、もう禅さんや土居さんと被りまくってます。 しょーもない。

この本があの脚本になるのか。 
作家と演出家が目指した主張/アイディアの飛躍ではなく原作の延長線にある自分たちならではのテーマの手探り を考えると、うわあ、大変な作業だったんだろうなあと思いました。 長く深い苦悩の末にたどり着いた形なんだろうなあ、と思うと、構成がどーのとかオイソレと言ってはいけないのかもしれない、と。 (いやぁ。 もう充分、言ってますけど……。 これからも言うと思いますけど)
舞台と比べて読むのは、おもしろいと思いますよ。
このキャラ、このエピソード、えーっ、舞台のテーマのためには切られちゃうのかぁとか。
原作のカリオストロのキャラは舞台のボーマルシェとなり、じゃあ舞台のカリオに作家は何を託したかったんだろうとか。 

わたしの中では、エンドウシュウサクとマリー・アントワネットがどうもオーバーラップしなくて。 読もうかなと思いながら、今まで読めなかった本でした。
挿絵が大好きな深井国さんなので、何度か手には取ったんだけれど。
でも、なんで遠藤氏はこのテーマで描きたかったのかなぁとずっと不思議でした。

昔々の記憶で、母の本棚に遠藤周作関連としてシリトー「土曜の夜と日曜の朝」があり、(どんな引用だったのかは知らない)、マルグリットの周辺の小悪党たちの描写を読みながら、遠藤氏はこの世界が描きたかったのかなぁと思いました。 そりゃあ生き生きと楽しそうったら。
敬虔なクリスチャンである一方で、それをちょっとだけ壊したい自分、小悪党に憧れる気持ち。 そのうしろめたさ。
そんな作家を反映してか、ひとりひとりの中の二面性の深さ、怖さが、この作品のテーマなのかもしれません。 残酷・暴力の持つ意味。 (だからサド侯爵はもっと発言してもいいはずなのでは?)

たぶん、もっと書きたかったのはアニエスだったかもしれない。 舞台にはないかの女のエピソード、聖職者である身分を捨ててまで自分のやるべきことをひとつひとつ選択していき、人間としてのあり方を問う様子がわたしはすごく好きでした。
無償の愛(信仰)を貫く者として、フェルセンもポイントだったんでしょうね。 わたしは読みながら、中世の騎士がレディに奉げる自己陶酔を考えていました。 まっすぐな田舎者のさわやかさ。 
あと、本筋の部外者というか立会人として数度、登場するサムソン。 (あ、本を山の家に置いてきたので、名まえを確認できないっ。 死刑執行人です) 悩みながらも逃げられない仕事を淡々とこなすかれの存在。 かれの視線が興味深かったです。

 

あーあ、舞台、観たくなっちゃったよ。 春までお預け(;→д←) なのに〜!