あとりえあげん

劇作家・ミュージカル関連のコミックエッセイスト・多摩美校友会理事 活動ベースは三軒茶屋ですが八ヶ岳の別荘で在宅介護はじめました☆

[ブログ版] 世田谷区三軒茶屋で隠居してます。ときどき劇作家。HPはコチラ http://agen.web.fc2.com/

おとなの愉しみ

20年ほどむかし、某劇団四季に、強面・大男の営業本部長がいた。どのくらい強面かというと、暴力団の闘争が緊張していた関西で、タクシーから降り、数10メートル歩いたら、街角ごとに立っていた組員が頭をさげて挨拶した(幹部と間違えたらしい)というエピソードを持つくらい迫力ある漢なのである。もっといえば、何故、かれが当時、坊主頭にしていたかというと、日本各地で公演している大劇場の客席を9割以上に埋められなかったからと、劇団代表/演出家に対するお詫びなのである。(念のために書くが、日本の劇場は6割埋まれば御の字である。少なくとも当時は)

その強面・大男がある日、わたしにこっそりとある公演のチケットを1枚、見せた。「ちゃんとチケットセンターが空いたときに、ポケットマネーで買ったんだよ」「え? 今さら、客席に座ってご覧になるんですか?」「違うよ、かの女が観たいかなと思ってさ」かれは、亡くなった女優の名まえをあげた。その作品は、かの女の代表作の再演だったのである。「できたらね、赤いバラを1輪、椅子に置きたいんだけれど、さすがに目立つよなあ……」

当時のわたし(20代の小娘)は、男の純情とロマンに胸を熱くした。今はね、もう少し違った見方ができるのだが、あまりにそれはプライベートな話になってしまうので。

何故、こんなことを思い出したかというと。

大好きなダンサーが、とても久しぶりに人前で踊るという。それが平日の北海道なのである。迷いながらも、それでも、仕事を休んでの北海道ひとり旅を考えた。半日で挫折した。よりによって、その日の職場で、わたしは数時間PCの前を離れるために、泣きたくなるほど忙しく大変な思いをしなければならなかったのである。

行くことは、あきらめた。あきらめてから、わたしはチケットを1枚、買った。

便利な日本。北海道の小さな公演でも、チケットは東京のコンビニで買えるのである。行けなくてごめんね、客席、ひとつ空いちゃうのかなと思ったが、チケットに席番がないところをみると、フリーのようである。かれのダンスだから、うっかりすると座席もないのかもしれない。きっと誰も、気づかない。

コンビニでプリントアウトされた、ぺらっぺらな1枚の紙切れ。(一応、金券) わたしの祈り。