by 藤沢周平 /文春文庫
あげんのオススメ度 ☆☆☆★★
何がズルイって、昔からある本を「新装版」って銘打って「今月の新刊」扱いにして、本屋で平積みにしてあれば、読むつもりなくてもつい手にとって、買わされちゃうってこと。わたしの本棚にはこれから読みたい本が山積みなのに、さらさらと読めるこのテの小説は、優先順位を別にして読んでしまう。特に疲れているときとかは。
藤沢周平に限らず、この世代の男性が描く時代劇の中の女性は、作家がその世代のオヤジなんだから仕方がないんだけれど、小説の中の他の男性ほど人格をていねいに扱ってもらえてない。だから作品とは関係のないところで、ちょっとムカついたりする羽目になるから、用心が必要。
この本に惹かれた理由は、人の暗さがテーマにあるということだった。藤沢周平といえば、「人情」とか「あたたかさ」が評価されていると思うけれど、わたしは「底に流れる暗さ」を感じていた。だからね、なおさら。ただこの短編集の巻末の初出誌一覧の年をみて、ご本人資質だけでなく、70年代の持つ暗さでもあるんだな、と。(小説もまんがも、明るい未来に絶望した悲劇的結末の作品が多い)
小説としての出来は、わたしから見れば完璧ですよ。そりゃあ、ほれぼれする。重く沈むようなため息が出る。どきどきして先が読めずに、いったん本を伏せる。見事に作家の魔術に嵌まりました。よく文芸批評家がいう「人間が描けている」というのは、こういうのを指すんだろうなあ。
この先、ややネタバレ。
わたしはドラマの中によくある、人を一発殴ることで改心させる安易な方法が大嫌いだ。過去、実際に男の友人を一発ぺしりと頬を叩いたとき、人前でもあったせいか、そもそもの問題点が吹っ飛び、喧嘩の内容が「何で殴った!」に摩り替わってしまった。人を殴ることで、問題はたぶん解決も好転もしない。(例外もある。わたしを深くキズつけた男を、男友だちがその前にぶちのめしていたと告白されたとき、わたしはずいぶん救われた)
で、この小説の一編では。カッとなった父親が娘を数発、殴ることで、父娘の関係が一気に深まる設定がある。わたしは父に殴られたことはないが、とても納得してしまった。血のつながりとは、こんなことかもしれない。